第74話 たたかいのドラム
倉庫美術館には美術品以外も展示してある。
例えば工芸品としてフロガエルが作ったガラスペンが展示してあったりする。
この世界のペンがあまりにも紙に引っかかりやすい事に不満を漏らしていた奥田のためにフロガエルが作ってくれた物の試作品だ。
これを模倣して同じものを作ればそれなりに売れるとは思うのだが、フロガエル的には何度も同じものを作っても特に面白味がないと言うので、美術館では来館者が実際に書き心地を体験できるようにガラスペンを展示した。
いつか誰かが量産してくれたら嬉しいなと思って。
他にはエイナーザが楽器作りの最中に作り出した太鼓の試作品達だ。
これはドラムセットを作り出すうえで、ドラムのヘッド(膜)に何を使えばいいか試行錯誤していた時に作られたものだ。
家畜の皮革から始まり、魔物の皮を用いたものが複数あり、変わり種としてはスライムの皮膜や大ナマズの皮などを使ったものも併せて展示した。
これらの楽器も、先ほどのガラスペン同様、実際に来館者が叩いて音が出せるようになっている。
そう。これが悪かった。
先日話題になった光る絵は、この街を飛び出して遠くの街にまで噂は広まった。
特に教会関係者の反応は凄まじく、かなり遠くの街から足を運ぶ敬虔な信徒まで現れる。
その敬虔な信徒の中には聖歌教の高位司祭が混ざっていた。
彼は美術館内に展示してある光る絵の前で深く祈りを捧げていると、係員に早く進むよう促されて渋々移動した。
はるばるリフオクの街まで来て、あの程度の祈りだけで帰るのも物足りないので、一応他の展示物を見て回る事にする。
触れられる展示物コーナーでは、小さな熱気球が浮かんでいるのを見て感心し、そのすぐ近くでガラスペンを使って卑猥な落書きをしているクソガキを見て嘆いた。
順路に従って進むと、楽器が展示してあるコーナーに行き当たる。
そこでは展示してあった太鼓を先ほどのクソガキが乱暴に叩きまくっているのを見て嘆いた。
「ん?」
高位司祭は再度クソガキの様子をじっと見つめる。
どう見ても小汚い子供だが、なにやら神気に似た気配を感じる。
様々な種類の皮で作られた太鼓を片っ端から叩きまくるクソガキ。
辺りに広がる明らかな神気。
「!!!!!」
高位司祭ゆえにその神気を見逃すことはない。
目の前にいる小汚い……少々年季の入った身なりをしたクソ……無邪気な少年が神気を振り撒いているではないか。
「き、君は何か使命を受けてこの地に舞い降りたのだろうか!」
「へ?おっちゃんだれ?」
「もし宜しければ私の話を聞いていただけないでしょうか」
「え?美味いもんでも食わせてくれなら話を聞いてもいいよ?」
「勿論です。ささ、どうぞこちらへ」
そういって高位司祭はクソガキと手を繋いで美術館から出て行った。
そんな様子の一部始終を見ていた自分は溜息を吐く。
「はぁ、あの太鼓も思いっきり危険物じゃねーか」
その日のうちに、太鼓は全て『お手を触れないでください』展示物へと変更された。
◇◇◇◇◇
魔道具店のお婆さんにお願いしたいことがあり、久しぶりに魔道具店へと足を運んだ。
先日ウナギ筒の都市認証板を大量に手配してもらったときのお礼も兼ねている。
「先日はお忙しい中ご対応いただきありがとうございました。こちら、我々のお店で作っているお菓子です。どうぞお召し上がりください」
「よく来たね。あれは商売として手伝ったことだから別に構わないよ」
「それで、先日一つだけ穿孔ガニの都市認識板をお願いしたかと思うんですが、あれの追加を依頼したくて今日はきました」
「あれかい。ここの迷宮でも見つかったって言ってたねえ。で、幾つ申請を出せばいい?」
「に、20個ほど……」
最近になって皆の手を離れる案件が増えてきたので、そろそろドリルの本格的な利用をしようかと画策をしている。
「20だって!?そんなに持ってこられたらうちの床が抜けちまうよ!」
やはりそうだよな。あのドリル物凄く重いからなあ。
「じゃあ手伝いを一人寄越しな。数個ずつうちへ運んでもらうよ。あと穿孔ガニの腕を1本私に譲ってくれんかね。申請の手続き代と相殺してやろう」
「わかりました。では1本は自由にお持ちください」
「ついでにあんた達の船がどんな素材で出来てるかを教えてくれたら最高だね」
お婆さんに船を見せた覚えはないんだが、何故か新素材が使われていることを知っている。
定期船の商会長経由だろうか。
「あれについては勘弁してください。もう少しだけアレで稼いでおきたいので」
「まあ冗談だよ。教えてくれたら儲けもんくらいなものさ」
「では明日にでも穿孔ガニの素材をお持ちしますので宜しくお願いします」
「はいよ。また来なさいな」
こうしてドリル活用の準備を整えた。
手伝いにはロッコを使わせたのだが、相当コキ使われたらしく、帰ってから散々文句を言われてしまった。
◇◇◇◇◇
今日はザリガニ車に乗って美咲会の商館へとやってきた。
このザリガニ車は、ザリガニドリルの実用化として自動車を作ろうとした時にできた副産物だ。
ドリルの回転力を歯車に伝えて車輪を動かす自動車を試作してみたのだが、魔石の消費量があまりに多くて実用化には至らず、それならばザリガニ本人に回してもらえばいいのではないかとの案が出され、試しにやってみたらそれなりに使えるものが出来上がった。
ザリガニ本人も自前の足で歩くより素早く移動できるようになったため気に入っている様子だ。
現在は木製の荷車の上にドリル差し込み用の穴が空いてるだけの無骨なデザインだが、早々に新素材へと置き換え、見た目にも拘りたいと守護霊組は言っていた。
「リダイいるー?」
忙しなく動き回っている従業員達を横目に商館内の事務室へと入る。
「あ、ジュンペーさん、ご足労おかけします。どうぞお掛けください」
「それなりに軌道に乗ったとは聞いたけど」
「はい、本日はその報告しようかと」
以前プレリリースで失敗してしまった相手を新型船に乗せ、既存船の半分以下の時間でローマルまでの往復を果たし、その圧倒的な性能を商人界隈に広める事に成功した。
しかし商人達は今までの付き合いや横の繋がりなどもあり、多少安く多少速いからといって直ぐには美咲会を利用することはなかった。
このままでは新型船を持て余してしまうと考え、ローマル側で食料品を扱う商会と契約し、今までは運搬にかかる時間によって鮮度が保てない葉物野菜を中心に仕入れ、それをリフオクで売ってみることにした。
するとこれが中々悪くなく、結構な額の黒字を叩き出すことに成功した。
この一連の商取引は業界に少なくない衝撃を与え、運搬時間を理由に諦められていた様々な商品・商売が呼び起こされ、二つの街の間を行き交うことになった。
そして先日、3隻の中型船の水中翼船化が終わり、美咲会の運用を全て任せるためリダイを会長に据えた。
その後リダイは精力的に動き、まだまだ空きのある船のスペースに客を乗せる「貨客混載」を実施して利益と口コミを増やした。
また治安の悪い『泊まり島』を利用しなくて済むことを前面に打ち出し、より安全な航行をアピール。
女性のみの利用者や、若年層の利用者の開拓に成功した。
「概ね問題なさそうだね、他に何かあった?」
「美術館の人気で、その隣にある倉庫レストランの盛況となってきましたので、新しい従業員を増やしたいと思っているのですが如何いたしましょう」
「それならなるべく貧民地区で食うのにも困ってる子供や若者を中心に雇ってもらえないかな?以前うちの娼館にいる子供達に『他には困ってる子供はいないか?』って質問をしたことがあるんだけど、居るには居たそうだけど基本的に身内以外は敵だったみたいで、詳しい場所まではわからなかったんだよ」
「なるほど。見習い期間は無給として、寮と食事と風呂で満足させればいいですね。例えば教育も受け付けないような、どうしようもない悪童だった場合は捨ててもいいですか?」
「あー、まあそういう子もいるわなあ。その時は一声かけて。こっちで何とか出来ないか検討してみるよ」
「わかりました。ではその通りにさせていただきます」
リダイからの報告も終わり商館を後にした。
どうしようもない悪童か………。
絶対そんな奴もそのうち出てくるんだろうなあ。
まあ現れてから考えるか………。
◇◇◇◇◇
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