第50話 さいごの鍵
スマホから流れていた音楽は止まり、ベッドに座ったままの羽根人間が閉じていた目を開く。
音楽の鳴らなくなったスマホを暫く見つめてから、顔を上げてこちらを振り向いた。
『あのー?音楽が止まってしまったんですが?』と言わんばかりの視線をこちらに送ってくるので、ソファから腰を上げて羽根人間へと近づき、枕元に置かれたままのスマホを持ち上げた。
質問したいことは沢山あるのだが、何から尋ねたらいいのか上手く考えが纏まらなかったので、取り敢えずスマホの操作を羽根人間に教える。
「ここを押すとリストが表示されるので、はい、ああそうです。で、次に行く場合はこれを」
羽根人間はスマホの操作方を覚えると、そのまま再び音楽を聴き始めそうだったので、取り敢えず隣の空き部屋へと案内し、そこで聴くようにお願いをした。
「どうせまた誰か来るでしょ」といって、寝具を多めに注文してくれていた奥田のファインプレーがここで輝く。
羽根の生えた姿でベッドは使えるのかと心配になって一応声をかけたが「どうぞお構いなく」とやんわり返された。うつ伏せ寝でもするんだろうか。
自室に戻って再びベッドで横になる。
多分考えなきゃいけないことは色々あるんだろうが、彼女が朝になって居なくなっていれば勝手に解決するのではと思い、全てを投げ出して眠ることにした。
◇◇◇◇◇
翌朝目を覚まし、一階に向かうため階段を降りていくと、酒場エリアあらためダイニングから人の話し声が聞こえてきた。
扉を開けて中に入ると、そこに純粋な人族は一人もおらず、ルシティ、ミーヤ、羽根の三人が朝食を楽しそうに食べていた。
皆への挨拶を済まし、朝食を求めて厨房へ向かおうとすると、ルシティが「私が取ってくるから座っていなさい」と言う。今朝方に用意した新作のスープを試してほしいそうだ。
「ありがとう」
そうお礼を言って席に着くと、向かいに座っていた羽根の人と目が合う。
「昨晩は挨拶もせずに申し訳ございません。音楽のことになると少し視野が狭くなりがちでして」
羽根の人がはにかみながら声をかけてきた。
「私の名前はエイナーザ=ブエーソと申します。今後とも宜しくお願いします」
「はい。私はジュンペー=ナガノといいます。こちらこそ宜しくお願いします」
反射的に名乗り返してしまったが、彼女とは今後とも宜しくしないといけないのだろうか?
厨房からスープとパンを持ったルシティが戻ってきた。振舞われたスープはコーンポタージュ的なスープで、どんな野菜が使われたのかは分からない。
ただ朝食には最適な軽やかで優しい味のスープだった。芋かな?
「これすごく美味しいよ。ありがとう」
「ふふ、そうであるか、ふふふ」
ルシティ自身も満足そうだ。
◇◇◇◇◇
朝食を摂りながら同じテーブルにいる三人の会話に耳を傾けると、どうやらお互いの趣味を紹介しあっているようだった。
ルシティは料理、エイナーザは音楽、ミーヤは工作が趣味であり、特に料理についての質問が他の二人から多く飛んでいる。
なんだかここはクラス替えが行われた初日のような雰囲気だ。
さしずめ自分は初日の輪に入れなかったボッチルート突入寸前の陰キャポジだろうか。
天使族、吸血鬼族、妖精族は互いに敵対とかはしていないんだな?なんてことを考えていると、眠りから覚めたメンバーが続々とダイニングに集まり出した。
朝食を食べ終わり、片付けのために厨房へと向かうと、後ろから奥田が話しかけてきた。
「先輩おはようございます。昨日の天使ちゃんが何で居るんです?」
「いやわからん。昨晩、スマホに入ってる音楽を聴きたいって突然俺の部屋に来たんだよ」
「そうだったんですね。彼女もここに住むんですか?」
「まだ全然わかんないよ。ただまあ害はなさそうな人だし、好きに過ごしてくれればいいとは思ってるよ」
「なるほどー、はい、わかりました。ありがとうございます」
そういって奥田はテーブル席の方へと戻っていった。
◇◇◇◇◇
食器を洗い終えてダイニングに戻ると、奥田がエイナーザに向けてタブレットの画面を見せていた。
タブレットには日本のロックバンドの動画が流れており、時折エイナーザが画面を指差して奥田に質問をしている。
二人はもう随分と打ち解けたように見えた。
一方で壁際の二人掛けテーブル席で小さくなっているリオとアプラは、エイナーザに近寄ろうともしない。
チラチラとエイナーザのことを見ては、二人で声を潜めて話している。
益々学校の教室じみてきた。
その他のメンバーは相変わらずの過ごし方をしており、ルシティの新作スープをお代わりしまくっているのが見える。
育ち盛りの稲葉姉弟とオサートちゃんにはどんどん食べてもらいたい。
もしかすると奥田も育ち盛りかもしれないが。
◇◇◇◇◇
全員が朝食を終えたであろうタイミングを見計らい、舞台の上に立って皆へと声をかけた。
「えー、ここも随分と人が増えてきたので、今日は金策のために地下9階のルシティの実家で金目のものを運び出そうかと思います。一緒に行ってもいいって人はいますか?」
そう呼びかけると、誰よりも早く手を挙げて、参加を表明するものがいた。
「はいっ!参加します」
皆に先駆けて手を挙げてくれたのはエイナーザさんだった。
「え、えーっと、エイナーザさんは……」
全く情報のない人物の参加表明には流石に面を食らってしまい、参加させていいものかどうか判断に迷った。
「大丈夫です。私は物凄く強いですから」
「わ、わかりました。よろしくお願いします」
思わず許可してしまった。
「リオ、彼女って冒険者登録できる?」
「え?あ、え?ちょっと、えっと、ええ?」
リオが見たこともないほど狼狽えている。
「たたたた多分大丈夫です。はい。ルシティさんも出来たし。はい。いいい今から私が先にギルドへ行って書類を全部書いときます。では」
そういってそのまま娼館を出ていってしまった。
「………」
「ちょっと良いだろうか」
リオの行動に呆然としていると、ルシティが声を掛けてきた。
「私は今日、役場に行く予定があるので同行出来ないが、代わりにこの鍵を持っていってくれ。入り口の鍵だ。今後あの部屋に帰る予定はないのだが、私が不在の間に室内が荒らされるのは忍びないのでな。帰る時には鍵をかけておいてくれ」
ルシティから金ピカの鍵を受け取った。
「後は、部屋に入って一番左奥にある書棚を動かすと、更に奥へと続く通路があるので、もしかするとその先にも金目のものがあるかもしれんぞ。大型の魔道オーブンが欲しいのでな、宝石などの金に変えやすいものがあると喜ばしい」
「え?隠し通路?そんな場所ならなんかすごい魔物が待ち受けてたりしないの?」
「わからぬ。今まで部屋から移動することがなかったのでな。だが強い魔物の気配はせなんだので、居たとしても木端であろう」
まあそう言うなら大丈夫かな。
吸血鬼のボスを倒した先にある隠し通路の奥なんてほぼ確実に金銀財宝があるだろう。魔法の武器って線もあるか。
「先輩!本当はゲジゲジが怖いので参加を見送ろうと思っていたのですが、お宝があるかもしれないという期待が、ゲジゲジの恐怖を上回りました!私も行きます!」
「正直に言ってくれてありがとう。よろしく頼むよ」
◇◇◇◇◇
その後、対ゲジゲジ要員としてロッコ、索敵及び罠解除要員として隼人くんを加えた、計五人で迷宮へ行くことになったが、背中から思いっきり羽根が生えているエイナーザさんがそのまま街中を歩くと目立ってしまうので、背嚢に穴をあけたものを用意し、中に羽根を入れて隠してもらうことにした。
この背嚢の準備に思った以上の時間を要したため、結局出発できたのは昼近くになってしまい、冒険者ギルドの受付カウンターで待ちくたびれていたリオから軽いお小言を頂いたが、エイナーザさんの登録証は無事受け取ることができた。
◇◇◇◇◇
恒例のゲジゲジフェスティバルで喉を枯らしながらも、いまは地下5階へと続く階段を降りている。
「あのすみません」
階段を下っている最中、エイナーザさんが声をかけてきた。
「地下5階にいる大蜘蛛エリアに寄ってもらえませんでしょうか」
「まあそれほど遠回りになる訳じゃないので構いませんが、何故でしょうか?」
「大蜘蛛の糸袋が欲しいのです」
エイナーザさんに詳しく理由を尋ねたら、今朝奥田に見せてもらった動画内で使われていた楽器を自分の手で再現してみたいそうで、そのためには大蜘蛛の糸袋が必要とのことだった。
地下5階にいる大蜘蛛の腹には『糸袋』と呼ばれる器官があり、その袋の中に詰まっている液体を空気に曝すと細い糸が採れる。
自分も以前、釣り糸を生成するためにこの糸袋のことを調べはしたが、結局大蜘蛛と戦うのが怖いという理由で諦めたことがある。
今回はそのリベンジを果たすためにも良い機会だと思う。全力でエイナーザさんに乗っかっていこう。
◇◇◇◇◇
「ひいいいいいいい!!!」
「でかいでかいでかいでかい!」
懸念していた通り、大きさが1m近くある大蜘蛛なんかには、微塵も戦う気が起きなかった。
脚も多いし壁に張り付いてるし縞模様だし、その全てが嫌悪の対象と感じる。
「ロッコロッコロッコロッコ!!」
「またあっしですかい?」
対虫戦に限っては絶大な信頼を置いているロッコの名を連呼していると、鈴の鳴るような声でエイナーザが言った。
「私がやりましょう」
ツカツカと無警戒に蜘蛛へと近づくと、間合いに入ったと判断した蜘蛛が彼女を目掛けて飛びかかるが、それを素手で払うようにして叩き落とし、地面でもがく蜘蛛の頭を表情ひとつ変えずに踏み潰した。
「お、おう………」
「な、ナイスでーす」
へたれ二人は動揺しながらも称賛を送った。
「ロッコさん、回収をお願いできますか?」
「へ?へい」
ロッコは蜘蛛の腹をナイフで裂き、中から飛び出してきたソフトボールサイズの袋から伸びる管を紐で縛り、袋の中の液体が漏れ出さないかを確かめてから袋を切り出した。
「あと五匹ほど狩りましょうか」
エイナーザはそういうと、通路の先へと歩いていった。
◇◇◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます