第51話 ハートピアッシング

「あの糸袋をパンツの紐から幾つもぶら下げるってどうですか?」


 また奥田が変なことを言っている。


「使用済み糸袋」


 なおも変なことを言ってる。




 蜘蛛の糸袋を集め終わった我々は、ルシティの実家へと向かっている。

 道中の魔物からは最低限のドロップ品だけを回収し、速度重視で進んでいるのだが……。


「エイナーザさん強すぎませんか?」


 遭遇する魔物を正に鎧袖一触で処理していくエイナーザさんこそが一番魔物じみている。

 行く先に魔物が現れると、顔を踏みつけて潰すか、一度転ばせてから顔を踏み潰している。

 しかもそれらの行為をほぼ無表情で行うので、強キャラ感がハンパない。

 もしこれがゲームの世界だったら間違いなくクソゲーだ。適当にボタン押してりゃ勝てる。

 このキャラを使えば誰でもマスターランクまで行けてしまう。そんな強さだ。


「すごく強いですって言ったじゃないですか」



 こちらを振り向きながら穏やかな顔で言うエイナーザさんは恐ろしくも美しい。

 そりゃ信仰の対象にもなるわけだ。


「確かにそう言ってましたね。お見それいたしました」



 この先、彼女が一生本気を出さないでいられるような未来であってほしいと心から願った。



◇◇◇◇◇



 ルシティの部屋に辿り着いて中を見渡す。


「前回来た時と変わりありやせんね」

「真・ルシティも湧いてないね。後任って配置されないのかな?」

「もしいたら厨房が狭くなりやすね」

「全員を地上に連れていく体(てい)なのか」



 軽く調べてみたところ、室内には特に問題がなさそうなので最初の検証を行うことにした。


「じゃあ、ええと、これでいいか。この燭台を部屋の外、20mくらい離れた場所に置いてみよう」


 そういって手短にあった燭台を部屋の外へと持ち出した。


 全員で部屋を出て、通路を20mほど進んだ場所でしばらく待機することにする。


「これが消えなかったら他の物も持ち帰れそうだな」

「その燭台だけでも相当な値段付きそうっすね」

「重さ的には金(きん)ではなさそうだけど、細工も美しいからなあ」



 適当に雑談を交わしながら30分ほど様子を見ることにした。


◇◇◇◇◇


「もう30分は経ってますよね?」


 奥田に言われて気付く。確かにもう良さそうだ。


「よし燭台は消えなかった!部屋の中にある金目の物を運び出すぞー!」

「あいあいさー!」



 ルシティの部屋へと戻ると、奥田が背嚢の中から取り出したブルーシートを床に敷いた。


「では金目の物は、一旦この上に並べていきましょう」

「金目の物って言い方、凄く楽しいな」



 こうして皆で室内を物色し始めた。



 先ずはこの真っ赤な絨毯。これをくるくると巻き取って筒状にする。


「先輩それ、私の新しいマントの材料にするんで綺麗に取り扱ってくださいね」

「真っ赤なマントなんて羽織るつもりなのか。ほぼ王じゃん」

「女王ですよ」



 なかなか面白いことを考えるものだと感心しながら絨毯を回収した。


「ダンナぁ、あっしは盗賊の素質でもあったんすかねえ?なんか今めちゃくちゃ楽しいっす」


 ロッコが壁に取り付けられたランプを外しながら言う。


「わかる。金目の物を勝手に持ち出すってこんなに楽しいことなんだな」


 革張りの椅子を抱えながら答えた。



 部屋の奥ではエイナーザさんが木製のローテーブルを軽く叩いて品定めをしている。



「先輩これ偽物みたいですよ。中身が白紙でした」


 そういう奥田は手に数冊の本を持っていた。


「ドラマや映画のセットみたいだな」

「メモや日記帳には使えそうなので何冊か持ち帰りますね。装丁も綺麗だし」



 みんな目を輝かせながら生き生きと略奪している。



「ジュンペーにーちゃん、下で受け止めてー」



 隼人くんが天井に張り付いて、シャンデリアを下ろそうとしている。さすが忍者すごい。



◇◇◇◇◇



「大体こんなもんか」


 あらためて部屋の中を見渡すと、持ち帰れそうな家財は概ねブルーシートの上に並べられている。


「なんか警察の押収品みたいですね」

「警察とは真逆の行為だけどな」



 心ゆくまで略奪を楽しめたようで、皆が満足そうな顔をしている。


「じゃあ、隠し通路の奥を確認してから帰るか」

「金銀財宝!金目の物!女子供!全部奪っちまうぜ!」


 奥田が心まで盗賊に堕ちてしまった。


◇◇◇◇◇


 書棚を動かした先には、ルシティが教えてくれた通路が見える。

 通路内は薄暗いが、全く見えないわけでもないので明かりを持たずにそのまま入っていくことにした。


「一応魔物が出てくるかもしれないので警戒態勢を」


 皆に注意を促しつつ、通路の奥へと進んでいくと、突き当たりに両開きの扉が見えた。


「こういうのを開けるのって凄く怖いんだけど」

「じゃああっしが開けやしょうか?」

「お願いします」


 ロッコから数歩下がった位置で杖を構えて敵襲に備える。


「じゃ、開けやす」


 ロッコがドアノブを掴み、奥側へと扉を押し開けると、そこには薄暗く狭い部屋が見えた。


「敵影はなし、この部屋は…」

「なんだこれ?棺?」


 扉の先にあった部屋はあまり広くなく、中央には金属で縁取られた黒い棺がポツンと置かれていた。


「これってルシティのベッドなんじゃない?」

「そういや彼ってヴァンパイアですもんね」

「棺って売れるか?」

「中古の棺桶なんて誰も欲しがりませんよ」


 部屋の中に身体を入れ、じっくりと室内を見渡してみても棺以外のものは一切見当たらない。


「これって棺の中に財宝が詰まってるパターンでは?」

「えー、こういう『いかにも』なやつを開けるの怖いよ」

「またあっしですかい?」

「「お願いします」」


 ロッコが棺へと近づき、ゆっくりと蓋をずらした。



「ひぃっ!!!」

「「!!!!!」」


 棺の中を見たロッコが悲鳴を上げながら後ろへと飛び退いた。


「なになになに!」

「そういう冗談よくないよ!?」


 ロッコの表情を見ると、どうやら演技ではなさそうだ。


「何が入ってたの!」


「な、な、中に、ひ、ひ、ひ、人が入ってやす!!!」

「「「!!!!!」」」



「やだやだやだやだやだ!!!そう言うのダメだって!!」

「うそうそうそ怖い怖い怖い!!」

「ひいいいいい」


 あれだけ強かったエイナーザさんも隼人くんに抱きついて狼狽えている。


「お、おねーさん離して!」


 そして抱きつかれた隼人くんは別の理由で狼狽えている。




 ロッコの言ったことを確かめるべく、息を整えてからゆっくりと棺へと近づき、蓋の隙間から中を覗き込んでみた。


「いっ!!!」



 先ほどロッコが言っていた通り、確かに人が入ってる。

 棺の中には真っ赤な花びらが敷き詰められており、ゴスロリ風の格調高い黒い服を着た女の子の死体が入っていた。


「なんでなんでなんで、マジで、マジで人が入ってる」

「けけけ警察警察警察!」



 一通り全員が中身を覗いて、自分と全く同じリアクションをとった。


「ひっ!ホントに死体が!」



◇◇◇◇◇


 ひとしきり大騒ぎをした後、皆の息が整うまでに数分の時間を要した。



「せ、先輩、こ、このご遺体はどうします?持ち帰りますか?」

「いや無理だって、帰ってルシティに話すくらいにしとこ?」

「それでいきましょう」



 そう言って全員で部屋を出ようとした瞬間、棺の中の遺体が突然身体を起こした。


「ひいいいいいやあああ動いたああ!!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「奥田奥田奥田!調伏!調伏チャンスだって!」

「杖持ってきてませんて!!」



 遺体の女の子は、ぎゃあぎゃあと騒ぐ皆のことをしばらく眺めた後に口を開いた。


「貴方たちは誰?」


「?」


「あ、普通に喋れるんだ?」


「そういえば異世界でしたね」


「申し訳ございません。お嬢様の寝室に突然立ち入ってしまったことをお詫びいたします。私は迷宮探検家をしておりますジュンペーと申します」


 挨拶はしっかり。それがモットー。


「これはご丁寧にどうも。私は……この中で眠っていた?ネスエと申します」


「不躾かと存じますが、数点質問させていただいてもよろしいでしょうか?」


「はいどうぞ」


 この女の子、ネスエさんに聞いてみたところ、ルシティと同じく、何で此処にいるのかは自分でもよく分からないそうだ。

 今さっき意識を持ったら此処にいたとのことで、過去に何をしていたかなどの記憶はないらしい。

 また此処の隣部屋にいたルシティのことも知らないとのこと。


「お嬢様はこの後どうなされますか?一応我々の仲間にはこの部屋の隣に住んでいたルシティなるヴァンパイアも所属しておりますが」


「あー、じゃあ皆さんに着いていきます。此処にいてもやることがなさそうですし」


「わかりました。では一緒に地上へ参りましょう。ところでネスエさんもヴァンパイアなので?」


「いえ違います。サキュバスという種族のようです」


「!!!!!」


「おいロッコやったな!会いたがっていたサキュバスだぞ」


「ちょ!本人を前に言うのはやめてくだせえ!」



 いつだったかロッコと話していた本物のサキュバスに本当に会うことになるとは思いもよらなかった。

 自分の勝手なイメージだと、サキュバスとは物凄く鋭角なハイレグドスケベ衣装に身を包んでいる姿を思い浮かべるが、実際にはしっかりと肌の隠れた服を着ていた。


「先輩、ちょっと待ってもらえますか」


 ドスケベサキュバスのことを考えていたら、奥田から声をかけられた。


「この棺の中にあった花びらの梱包材なんですけど」

「梱包材て」

「この花びら、本物の花びらみたいなんですよね」

「どういうこと?」


 奥田の話によると、棺の中に入っていた花びらは作り物の花びらなどではなく、本物の花びらが敷き詰められていたようで、その花びらが長い時間を枯れることもなく美しい姿を維持し続けていることは異常であると言う。


「つまりこの棺は、中に入れた物を長時間維持する機能が備わっているのかと思います」

「れ、冷蔵庫の凄い版だ!」

「もう少しカッコいい例えを」



 その保存機能が本物なら、釣った魚を新鮮なまま保管できるなと、若干スケールの小さい想像を巡らせた。


「じゃあ棺も持ち帰るか。ネスエさん、この棺を運び出してもいいですか?」

「あ、はい。問題ないかと思います」



 ロッコと二人で棺の前後を持ち上げ、通路を抜けてルシティの部屋へと戻った。


◇◇◇◇◇


「さて、この押収品をどう持ち帰りましょう」


 ルシティの部屋へと戻った一行は、ブルーシートの上に並べられた押収品を前に腕組みをしていた。


「じゃあ細かいものは背嚢に入れれるだけ入れて、それでも入りきらなかったものは棺に入れちゃうか。あと大きいものは、テーブルを裏返してその上に乗せて運び出そう」

「了解です」



 指示した通りに皆が押収品の運び出し準備を行う。エイナーザさんの背嚢には羽根が入っているのでそれほどの物は入らなさそうだ。

 エイナーザさんの背嚢を開き、中に本を詰めようとしたら、手が羽根に触れてしまった。


「あっ♪」


「あ、ごめんなさい。あと艶かしい声を出すのやめてもらえますか」


「ふふ、ごめんなさいね」


 羽根はちゃんと生体らしく体温を感じた。


 そんなやりとりをしつつも運び出しの準備が整う。


「じゃあネスエさん、出会って早々で申し訳ないのですが手伝って頂けますか?」

「はいわかりました」



 大型の家具を上に乗せたテーブルを自分とロッコで運び、小物の詰まった棺を奥田とネスエさんで運ぶ。残った隼人くんが索敵しつつ先頭を歩き、エイナーザさんがしんがりを務める。


 このような体制で地上への帰還を目指すこととなった。


◇◇◇◇◇

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