第49話 アニソンメドレー

「結局、聖歌教ってガチで正しかったんじゃ?」

「聖歌教の開祖はさっきのアレを聴いて目覚めたって事ですか?」



 その後も羽根人間が再降臨することはなく、いつもの酒場の空気に戻ってしまった。

 号泣していたリオとアプラは、酒場の隅にある二人掛けのテーブル席に着いて余韻に浸っている。


「まあ確かに心が洗われるような歌声ではあったな」

「写真みます?」

「おー、みるみる」



 奥田がちゃっかり撮影していた羽根人間の写真をみると、その姿をはっきりと確認することができた。


「まあこれは、普通に『天使』だな」

「普通に天使ってなかなか使わない表現ですが、概ね同意です」



 写真には白い服を着て白金色の髪をした、二十歳くらいの美しい女性が写っている。頭の上に輪っかなどは無いが背中からは羽根が伸びており、おおよそ皆が想像する天使で相違ない。


「綺麗な歌が聴きたくなったらまた呼んで良いんですかね?」

「さすがに罰当たりじゃないか?聖歌教に怒られるかも」

「聖歌教に怒られたらすぐに天使ちゃんを呼べば、みんなリオ達みたいに号泣しはじめるから、その隙に逃げ出せばいいのでは」

「その場はそれでいいかもしれんがな」



 結局のところ彼女がどういった存在なのかはさっぱり分からずじまいだった。


「次来てもらうときはもう少し舞台照明を明るくしてあげたいから、白魔法で光が出せないか試してみてよ」

「手持ちに魔石あります?」



 そういわれ、奥田に幾つかの魔石を手渡すと、魔石を補充した杖を構えて奥田は唱える。


「光あれ!」


「またいい加減な、お?」



 酒場の天井付近に、剥き出しの真っ白い光源が浮かび上がった。


「ちょっと光が直接すぎるな。なんかちょうどいいものないかな?」

「これなんてどうです?」



 葵ちゃんがコンビニのレジ袋を手渡してくれた。


 靴を脱いでテーブルの上に乗り、天井の張りにレジ袋を引っ掛けた。


「袋の中に光を移動してもらえる?」

「やってみます」



 杖を向けられた光源は、スルスルと移動していき、レジ袋の中にスッポリと収まった。


「お、いいじゃん」

「白い光の下にいると、凄く日本っぽいな」

「この世界の照明って黄色ばかりですもんね」

「ナマズのヒゲってまだあるんだよね?」


 白魔法の魔法発動体は、地底湖でのウナギ釣りの際、外道として釣れたオオナマズの真っ白なヒゲだった。


「大量に余ってますよ」

「この照明器具を各部屋に付けてもらおうか。蝋燭なんかよりは安全だし。ブースターって何使ったの?」

「看護婦さんが蓋に描かれた軟膏です」

「じゃああんまり数はないよな?代替品があるか探しておいてもらえる?」

「わかりました。多分医薬品ならいけそうです」



 こうして娼館の照明取り替えプロジェクトがスタートした。


◇◇◇◇◇


 ようやく余韻が抜けたリオとアプラが二人席から戻ってきた。


「先ほどは取り乱した姿をお見せしてしまい誠に申し訳ございません」

「いいよいいよ、聖歌教的に感じ入るものがあったんでしょ?」

「それはもう。聖典の一節に謳われる翼の聖歌をこの身でもって体験できるなど、末代まで語り継がれるほどの誉れです」



 このアプラの話し方から察するに、自分たちが思ってた以上に彼女達には大きな衝撃だったようだ。


「歌の上手い翼の人を聖歌教の人に見せたら、何かしら便宜を図ってくれるようになるとかはないかな?」

「!!!!!!!」



 なんか良くない質問をしてしまったようだ。

 リオとアプラが難しい顔をし始めてしまった。


「い、いえ、恐らくですが、かの聖典の一節の再現を教会関係者にみせると、皆様は総本山へと連れていかれ、自由に過ごすことが一切叶わなくなるように思います。あとはそうですね、実のところ衝撃があまりにも大きすぎて、その先にどんなことが起こるのかハッキリとは予想しきれないのが本音です」


「じゃあやっぱり当初の方針通り、内々でこっそり使うに留めるのが無難だね」

「そのほうがよろしいかと存じますわ」



 色々な出来事に見舞われはしたが、異世界で一番の懸念点だった傷病に対する備えができたことは大きな安心へと繋がるだろう。

 聖歌教関係者や、自由に動き回っているフィギュアなどの問題はあるが、どうにかうまく立ち回って行こう思う。


 個人的には衣類を浄化できることが何よりも嬉しかった。



◇◇◇◇◇



 ベッドで横になりながらスマホで音楽を聴く。


 今のところはソーラー充電器によってスマホを動かすことはできているが、そのうちヘタったり故障でもしたら二度と聴くことは出来なくなるなと思っている。

 それまでには地球へ戻れるといいが。


 自室で音楽を聴くときは、イヤホンなどは付けずにスマホから直で音を出している。

 この部屋は元々は睦言を交わすための部屋だったので、それなりの防音対策が為されており、結構な音量で聴いていても隣には漏れない。


 瞼を閉じて今後のことに考えを巡らせていた。

 隣の国で我々と同じく召喚されてしまった人物は無事だろうか。ルシティの実家漁りにはいつ行こうか。今夜のことをお婆さんに謝りに行かないとな………。


◇◇◇◇◇


………。


 スマホから流していた曲のサビの部分でビクっと目を覚ました。


 いつの間にか眠っていたらしい。

音楽を止めてからちゃんと眠ようと思う。


「ん?」


 枕元に置いたスマホの近くから人の気配がする。

 誰かがベッドに腰掛けているようだ。


 どうやら奥田が悪さをしに来たようだ。

 どうせ寝顔でも撮影して後から揶揄ってくるのだろう。

 奥田を注意するためにベッドから上半身を起こし、身体を捻って枕側へ振り向いた。


「ひっ!!!!」


 あまりの恐怖に少しだけ悲鳴をあげてしまった。


 ベッドに腰掛けていたのは先ほど酒場に現れた羽根人間だった。

 どうやら羽根人間はスマホから流れてくる音楽に聴き入っており、目を閉じて膝の上に置いた手でリズムを取っている。


「あ、あのー、すいません。私の部屋でなにをなさっておいでで?」


 一応声をかけてみる。

 すると彼女は目を開いてこちらを向き、優しい笑顔を浮かべて軽く会釈をし、無言でスマホを指差した。


「え?」


 いま音楽を聴いているので邪魔をするな的な感じだろうか?

 彼女は再び目を閉じリズムを取り始めた。


 ベッドから離れてソファへと座り直し、ローテーブルの上に置いてあった魔導水筒から水を一口飲む。


 音楽を聴き続けている彼女を見ると、相変わらず指を揺らしてリズムを取っていた。


 何となく邪魔をしてはいけない気がしたのでそのまま音楽の再生が止まるのを待った。

 今流れている曲のプレイリストはそれほど曲数はなかったはずなので、しばらくすれば音楽再生は終わるだろう。


 それから2曲ほどの歌が流れた後、音楽の再生は終わった。


◇◇◇◇◇

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