第94話 少年の翼
船で城の地下搬入用の港へ直接乗り入れた。
ここで船を降りて道なりに進んでいけば城の中へと入れるはずだ。
ヒルハの話によれば、迷宮化させてからそれほど日は経っていないので、内部構造を大きく変更するようなことは出来ないらしく、元々の城の構造を知るカーラがいるので道に迷うことはないだろう。
船から降りて皆と話す。
「まずは最悪な予想である、街の人たちがこの城の中に監禁されているかを確認しよう。 もし居ないようだったら迷宮核まで一直線に向かって行けばいいか」
「それで問題ないかと」
「宝箱ないのかな?」
「拠点にない果物は無いだろうか?」
「ん?どうしたザリガニ。庭木?ないだろ」
皆から迷宮攻略への本気度が伝わってくる。
「じゃあネスエ、大勢が一箇所に集められているような場所がないかセンサーで探ってくれ」
「わかった」
そういうとネスエは真剣な眼差しで辺りを見渡しはじめた。
「…………」
「ん?」
「…………」
「んー?」
「どうした?」
ネスエが困ったような表情をしている。
「ちょっとジュンペーの性欲があまりに強すぎて探査の邪魔になってる。 物凄く眩しい」
「ちょ!!そう言うことはみんなの前で言わない約束だろ!?」
「そんな約束はしていない」
そもそも皆の格好が良くない。
ネスエなんて裸より恥ずかしい姿をしている。
「先輩そこの陰でチャチャっと抜いてきてくださいよ」
「チャチャっとで出来るもんじゃないだろ!」
奥田が絡んできた。
「じゃあジュンペーと、あとそこの貴方、二人は船の上で待ってて。貴方たち二人は性欲が強すぎて探査の邪魔になる」
「わ、わかったよ」
ネスエに指名された美咲会の名前も知らない若者と共に船へと移動する。
◇
「仕方ないと思わないか?」
「あれは目に毒っすよね。ムラつかないほうが失礼だと思います」
「君わかってるねえ! ちなみに誰が一番ご子息に語りかけてくる?」
「自分っすか? 自分はやっぱエイナーザさんっすね!」
「おまっ! なんて罰当たりなヤツだ! 神をも恐れない男とは君のことだよ!!ホントの意味で」
「そ、そっすかねえ?」
その後もドスケベ君と猥談で盛り上がっていると、ネスエの探査が終わったようで再び呼び戻された。
◇
「この方向の先に大勢の人たちが集まってる。他の場所には人が全然いない」
「その方向はおそらく大広間か? 式典などで使われる大ホールじゃな」
カーラには人が集められている部屋がどんな部屋なのか心当たりがあるようだ。
「じゃあ取り敢えずそこに行ってみるか」
そういって地下船着場と城内とを繋ぐ扉を開けようとすると、横から隼人君が制してきた。
「待って! 罠がある」
隼人君にそう言われ、改めて扉を注視してみるがこれといって怪しい箇所は見当たらない。
「これ扉を開けると警報がなるヤツだ。 オリッズ先生から習ったよ」
あのエロイケメンめ、ちゃんと講師してるじゃないか。
「その罠って解除できる?」
「こっち側からだと出来ないかなぁ」
この扉を開けると警報が鳴ってしまうのか。
ならば他の道をと辺りを見渡すが、目の前の扉以外に出入り口が見当たらなかった。
「じゃあもう横の壁に穴を開けるか。 ザリガニたち頼んだ!」
そうザリガニ達にお願いすると、自慢のドリルを使って扉横の岩壁に穴を掘りはじめ、地下の船着場にはドリル掘削によるけたたましい騒音が鳴り響いた。
「これもう警報鳴ってるのと変わらないんじゃないですか?」
奥田が身もふたもないことを言う。
「いや違う。この迷宮の製作者の想定を挫くという点で有効なはずだ!」
ザリガニの行為に問題などない。
それから暫くのあいだ、建築現場のような騒音によって想起された日本のことに思いを馳せていると、ドリルが岩を削る音から空転する音へと変化し、何処かの部屋へと繋がったことが分かった。
穴の先にある部屋へと足を踏み入れて辺りを見渡すと、そこには麻袋がいくつも積まれているのが見えた。
「ここは倉庫か? いや食糧庫か?」
麻袋の他にも天井から吊るされた肉や、燻製した魚なども見つかり、ここが食糧庫であることがハッキリする。
そのまま食糧庫の中を探索し続けていると、急にルシティが危機感を含ませた声をあげた。
「むっ!これはまずいぞ!」
急いでルシティの近くへ駆け寄り、彼が注意深く見ているものを覗き込む。
「この肉は今すぐ食べないと、熟成が進みすぎて食べれなくなるぞ!!」
「お、おう…」
確かに食べ物が無駄になるのは良くない。
「カーラよ近くに調理場は無いか? このままではあの肉がダメになってしまう」
突然ダークネス美男子に肩を掴まれたカーラは、混乱しながらも部屋の奥を指差した。
「あ、あ、あそこから厨房へ上がれるはずじゃ」
「教えてくれて感謝する。 では皆のものすぐに取り掛かるぞ」
ルシティはそう言うと、ルシティガールズを引き連れて厨房へと上がっていった。
「…………」
「迷宮じゃぞ?」
「いつもこんな感じだよ」
◇
ルシティの料理が完成するまでの間、他のメンバーは周囲の部屋を調査していた。
「ダンナぁ、この棚とかいいんじゃないっすか?」
「このカーテンすっごく綺麗!なんか足場になるもの近くにない?」
「このポットいいわね。同じ柄のカップはないかしら?」
「…………」
「ちょっと待って待って!! ここカーラの実家だから!勝手に持ってっちゃダメなんだって!」
皆が一斉に目を見開いた。
「あ、すいやせん。ついいつもの癖で……」
「私もすっかり普通の迷宮にいる気でいました」
「……ごめんなさい」
略奪の楽しさを覚えてしまっているメンバーがバツの悪そうな顔をした。
「ごめんなカーラ。うちのメンバーってほら、アレだから」
「いや、わらわを此処まで連れてきてくれたことにはとても感謝しておる。そのカーテンや棚くらいならいくらでも持っていってくれ」
「いやいや違うの!つい!つい手が出てしまったと言うか」
奥田の言い訳が聞き苦しい。
完全に泥棒のセリフだ。
そんな空気の中、廊下の奥を調査していた隼人君が帰ってきた。
「この先にみんなが閉じ込められた大広間ってのがあるよ。どうする?」
「どうするも何もすぐに助けに行こうか」
「その格好で?」
「…………」
確かにこの身なりでカーラの家族に会うのは憚られる。
『助けに来ました!』と言ってもきっと信じてはもらえないだろう。
一旦皆を集めて作戦会議を行うことにした。
◇
「このまま大広間とやらに突入して、閉じ込められている人をすぐに助け出すか? 俺たちの身なりでは驚かれるとは思うが」
「そんなこと言っても結局は助けるしかないんですよね?」
奥田の話は最もだ。
「まあそうなんだけど……。 いや、はっきり聞いておこう。カーラ的にそれで良いのか?って聞きたかったんだよ」
「どういうことじゃ?」
カーラも分かっていないようだ。
「おそらくこのまま大広間に行くと、君の家族やその他大勢に『カーラ姫が救出に来てくれた』ということが知られるだろ? そしてその後には迷宮に変えられた城の正常化にも成功して、君は紛れもない国の英雄になると思うんだ。何せ君の他の人物は顔をまともに晒していないからね」
裸に覆面をした英雄なんて誰も喜ばないだろう。
「するとカーラはあれよあれよと祭り上げられ、当然のように皆からは次期女王と目される事になる。 その様子を目にした長男アルフレッドは嫉妬に狂い、再び国内に良からぬものを引き寄せる原因となるのだった。つづく。 テーテレレレーテレレレーレー」
「ふむ。兄はアルフレッドと言う名前ではないし、最後の曲に聴き覚えもないが、お主の言うことは大体理解できた」
さすがは聡明な次期女王。
「わらわがこのまま国に戻ったとしてもまた今回のように外患を引き入れてしまうような国のままだぞ。そんな国で民を幸せに出来るのか? そう問うているのじゃな?」
「民の幸せまでは流石に気にしていなかったけど、大体はそんな感じだ」
「だが今更わらわに取れる選択肢なぞあるのか?」
これを提案していいものか、そう悩んでいると横から奥田が声をかけてきた。
「大丈夫ですよ先輩。 上手くいかなかったら私も一緒に叱られてあげますよ」
「…そうか、よし、奥田が代わりに叱られてくれるなら提案しよう!」
「ちょっと!一緒にって言ったでしょ!」
そして無責任な提案を口にする。
「人知れず迷宮化を解除して、カーラも一緒にリフオクの街に帰らない?」
「ほう!そうくるか!」
提案を聞いたカーラは喜色を浮かべた。
一方で奥田は訝しんだ顔をしている。
「……先輩、それガチのプロポーズですよ?」
「え?」
◇◇◇◇◇
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