第93話 ヴァルマンウェ

 水門橋の兵士たちを労うための宴会は続き、疲弊した兵士たちを休ませるためにも、もう数日はここに滞在することになった。


 一隻の船をリフオクの街へ戻らせ、載せれるだけの食料を載せてここへと帰ってきてもらい、水門橋とその周囲にある集落の正常化に努める。


 どうやら水門橋の周囲にある村々から、兵士たちが食料を徴発したせいで、至る所で食糧不足が発生しているようだ。



 突然真っ黒変態ヘビーメタル集団が食料を運んできたことで、村の人達はパニックとなってしまったが、カーラ姫による献身的な説明によってどうにか落ち着いてもらい、村の食糧庫へ持ったきた食料を運び入れる許可を得た。


 食料を運び込む作業が行われている間に、エイナーザ達は村人の慰安と称して曲を披露していた。


 曲はもちろん「タフな少年」だ。


 このイカれた時代に抗うタフな少年の曲は、荒れた国内に生きる村人達を元気づけ、エイナーザの歌声の能力なのか、村を去る頃には村人達の目がバッキバキにキマっていた。


 元気になってもらえて嬉しいな。



 他の村でも同じようなトラブルを巻き起こしながらも食糧の運び入れを終えて水門橋へと戻ってきた。



 明日の朝に此処を発つ予定だが、この水門橋には小型水中翼船を2艘と美咲会員5名を連絡要員として残すことにした。


 小型水中翼船とは、以前水中翼船の模型として作られたものを大人でも乗れるように改造を施したもので、娼館メンバーの皆が欲しがっている人気アイテムの一つだ。

 『色々片付いたらみんなの分を』とは言ってあるが、一体その色々はいつになったら片付くのだろうか。



◇◇◇◇◇


 ミカ王国の王都を目指して河を下っているが、湖の中と違って河の水深が分からないため、高速航行は控えてゆっくりとした速度で移動している。


 ところどころで水面が盛り上がっている箇所を見つけると、ザリガニ達に川底を見てもらい、彼らに誘導されながら河を進んだ。


「水中翼をもう少し短くした船を用意して、ミカ王国との貿易も悪くないんじゃないです?」


 奥田が話しかけてきた。


「ミカ王国との貿易は魅力的なんだけど、川底ってしょっちゅう形状を変えるから、水中翼航行自体が少し怖く思うなあ」


「でもお米いっぱい食べたいじゃないですか」


 なぜ奥田が突然お米を欲したかと言うと、この河の両岸に広がっている水田が目に映ったせいだ。


「どれくらい作られてるかは知らないけど、リフオクにも米あるじゃん」


「お酒用の米って品種が違うんじゃないんですか?」


「そこまで品種改良済んでないでしょ?」


 もしかするとあの植物魔法の杖で、望んだ特性を持った品種に改良ができるかもしれないなと、心のメモ帳に書き加えておいた。



 水田に囲まれた長閑な景色にも飽きてきた頃、川沿いにも多くの建物がみられるようになり、王都の近くまで辿り着けたことが感じられた。


「あと少しなんだよね?」


 すぐ近くにいたカーラに尋ねる。


「わらわも城の外はあまり詳しくないのじゃが、ここはもう王都ミカーガの圏内じゃな。 そろそろ左岸に王城が見えてくるぞ」


 左岸にあった林が途切れたことにより視界が広がり、カーラの言う通り、遥か遠くに王城と思われる建物が見えた。


「ん?」


 見えてきた王城はまだ小さく、建物の形がハッキリしないのでなんとも言えないが、どうも王城の様子がおかしい気がする。


 船が進むにつれて段々と王城は大きくなり、先ほど覚えた違和感の正体が明らかになる。





「ねえ?カーラって魔王城にでも住んでたの?」


「い、いや、普通の城に住んでおったのじゃが…」


 普通の人は城に住まないとは思うけど、そんな言葉は一先ず飲み込んで、視線の先にある王城を注視した。


 小高い丘の上に建てられた王城には薄く霧が掛かっているようで城の下部がハッキリ見えない。


 昼間だと言うのに城の周囲だけ不自然に暗く、そびえ立つ尖塔がこちらを睥睨しているかのような威圧感を放っており、ハッキリ言って『邪悪』な城だ。



「ルシティの実家って言われたほうがしっくりくる」

「背景にデカい月を配置したい」

「妙な懐かしさを感じる城であるな」


 やっぱりルシティからの感想はそれなんだ。


「ねぇ?ミカ王国って民に圧政を敷いてたとかないよね?」


「ち、違うのじゃ!あのような城ではなかったのじゃ!」



 焦るカーラを落ち着かせつつも船は進んで行き、城の真下まで到着すると、ヒルハが見上げながらに言った。





「この城、迷宮化されてますね」





◇◇◇◇◇





「え?どう言うこと?」


 ヒルハに言葉の意味を尋ねる。


「この城が迷宮に変えられていると言うそのままの意味なんですが、この世界の人達は迷宮核を作り出す技術はお持ちですか?」


 その質問にはアプラが答えた。


「いえそのような技術は少なくともナーザ王国では発見されていませんわ」


「でしたら『この城は魔族の手によって迷宮に変えられた』と言うことでしょうね」


 ミカ王国は魔族によって内部から崩されたということだろうか。


「そもそも既存の城を丸ごと迷宮にしていいものなの?」


「そのようなことは許されていません。許可された土地で、しかも人が住んでいない場所にしか新しい迷宮は作ってはいけないのです」


「つまりこれは?」


 城を指さしてヒルハに尋ねた。


「完全な約定違反です」


「なるほど。だとすると、その古いー…じゃなくて、ええと、新鮮プリプリな神様がきてすぐに迷宮を壊しちゃうと思うんだけど、それなのに何でその魔族は迷宮を作ったんだ?」


「私の想像でしかないのですが、おそらくは『本当に神が破壊しにくるのか試してる』んじゃないかと」


「え?魔族は約定を知っているんだよね?」


 そんな命知らずが魔族にはいるのか? セイント暗黒アームでリサイクルやぞ?


「ここ200年ほどの間に産まれた魔族は、実際に神など見たことがないので、約定の詳細は知っていてもそれを信じてはいないんじゃないかと思われます」


「つまりはジナーガ王国にいる魔族が、隣のミカ王国に約定違反の迷宮を作って、本当に神が壊しにくるのか実験をしていると?」


「おそらくはそのようなことかと」


 ここでエイナーザが口を開いた。


「ヒルハさん、リフオクの迷宮には魔界への転移門はありますよね?」


「は、はい…」


「そうですか。教えて下さりありがとうございます」


 エイナーザはニコニコしながらヒルハに礼を言った。


「…………」


「…………」



「ところでさ、迷宮って魔素収集装置?だっけ。 あれって迷宮内に入った人間の感情が揺さぶられることで良質な魔素が採れるとか言ってたよね? それってこの街自体を迷宮ってことにしたほうが、わざわざ洞窟的な迷宮に人を呼び込むより効率的じゃないの? 約定違反だろうけど」


 街がダンジョンだ!的な異世界ものってちょいちょいあるよね。


「いえそれは違います。 人から放たれた良質な魔素はすぐに霧散してしまうので、ある程度閉鎖された場所にしておかないと集めることができないのです」


「なら城を迷宮にする意味はあるのか。 でも街の中心である王城なんかを迷宮にしてしまっては、国が立ち行かなくなって、そもそも冒険者が寄り付かなくなるんじゃないの?」


 冒険者ギルドも機能しなくなりそうだし。


「それなんですが……、少し嫌な想像なんですが、この街の住人を城迷宮内に監禁しているんじゃないかと思うんです……」


「なんじゃと!」


 カーラにとっては特に許されないことだろう。


「なるほど、それならわざわざ冒険者を呼び込む必要はないか。 ちなみにそれは?」


「もちろん約定違反です」


「街や城にいた人を監禁して無限に魔素を集めている、か。 もしそうなら迷宮の出入り口も塞いで誰も攻略できないようにしておけば邪魔されずにウッハウハ?」


「それは出来ません。この世界に漂っている無垢な魔素と人の感情が合わさって良質な魔素になるので、出入り口を塞いでしまっては、迷宮内にある無垢な魔素が枯渇してしまいます」


「じゃあ入り口を塞いではいないんだな。 んーーー」


 エイナーザに頼って一気に終わらせてしまうってのは避けたいんだよな。


「なら普通にこの迷宮を我々で攻略しちゃいましょうか。 メガゴッドインフェルノで即解決してもらうことも考えたんですが、もしその手段を取ったら、プリ神は魔界に乗り込んでいって約定とかグチャグチャにしちゃうかもしれないんです。 そうなると魔界との関係はギスって、ルシティやネスエ、ヒルハと一緒に居られなくなるかもしれないので、少し面倒でも我々で解決しましょう」


 そう言い終わってからエイナーザの方を見ると、彼女はこちらを見て一度だけ頷いてくれた。


「後はカーラを酷い目にあわせたヤツらのことはこの手で思いっきりぶん殴りたいしね」


「「「おうっ!」」」



 こうしてミカ王城迷宮攻略に乗り出した。


◇◇◇◇◇

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