第92話 勢いを増した向かい風

 ナーザ湖の北西には海へと続く大河が流れている。


 その河を下っていくとジナーガ王国に入り、更に進んでいくとミカ王国へと到達する。


 ジナーガ王国としては国土の隅の方にかろうじて引っ掛かっている程度の価値の低い河だが、ミカ王国にとってのこの河は国の大動脈と言っていいほどの重要な河川とみなされている。


 ミカ王国の首都はこの河沿いにあるので、湖側から良からぬ船が国内に入ってこないように、河を通る船を検閲するための水門橋が国境近くの水上に造られていた。


 既に通行の許可が得られている船舶は、ミカ王国から発行されている旗を船の前方に掲げることで、水門橋の下から降りている鉄柵を引き上げてもらえ、橋の下を通行することができる。


 しかしその旗が掲げられていない船舶に関しては橋の下で一旦停船させられ、船の内部までを細かく臨検される必要があった。



 そして我々の船団はというと勿論通行許可の旗など掲げていない。


 その代わりに船首から伸びた竿の先には、怒張した男性器が写実的に描かれた旗を掲げている。


 この旗のデザインはエイナーザ肝入りで作られており、彼女曰くこのデザインは『突破』と『貫通』を表現したそうだ。


 本当に頭がおかしい。


 またその主張が激しい旗の下には、裸で血まみれのグッタリとした男性人形が括り付けられており、一目見ればヤバい船団だということが十分理解できるようになっていた。



 船に取り付けられた無駄な金属パイプから、演出用の無駄な黒煙を立ち上らせつつ水門橋に近づいていくと、橋に駐屯している兵士たちは船団を視界に入れた瞬間、即座に警告の鐘を打ち鳴らした。


「そりゃあ鳴らすわな」

「これをみて鳴らさなかったらいつ鳴らすんだってレベル」



 水門橋の兵士たちが慌ただしく動き回り、こちらに向けて最大級の警戒を向ける中、カーラが甲板の前へと進んでいき手に持った筒に向かって話す。


『あーあー。聞こえますか』


 船に取り付けられた魔導スピーカーからカーラの声が大音量で発せられる。


「!!!」


 カーラが手に持っていたのは魔導マイク。

 エイナーザ達の楽器作成と共に、魔道工学士のアプラが作り上げた革新的な魔道具だ。


 拡声の魔道具は戦争の道具としても有用なので、本来は各国の軍部が管理するような発明品ではあるのだが、戦争なんぞに全く興味のない当団体では、もっぱらレストランで毎晩行われている演奏会で重用されている。



『わらわはミカ王国第一王女のカーラ=ミカだ。水門橋に勤める兵士たちよ。其方らの日々の精勤、誠に大義である』


 橋の上に集まった兵士たちの混乱がさらに大きくなっている。


『此度は訳あって他国へ行っておったが、こうしてミカ王国への帰還を果たした。 直ちに鉄柵を上げよ』


 突然の王女からの言葉に兵士たちは狼狽えている。



「葵ちゃんそろそろ見つかると思うよ。 あ、アイツじゃない?右から出てきたやつ」


 カーラからの下知に逆らって兵士を扇動するやつが混じっていると読んで、橋の上にいる兵士たちを注意深く見ていると、橋の右側から現れた髭面で細身の男が、兵士達に向かって怒鳴り散らしているのが見えた。


 怒鳴り声の内容はどうやら「あんな言葉に構うな、早く矢を射かけよ」と言っているようだ。


「じゃあ葵ちゃん、お願いします」


 葵ちゃんはこちらを見てコクンと頷くと、自慢の杖を腰の高さに構えて橋の上にいる怒鳴り男を見やる。


 いつものレーザーが発射されるのだろうと気を抜いてみていたが、今回はそうではなかった。


 杖のすぐ先には青白く輝く魔法陣が回転しながら宙に浮かび上がり、その中心から極細レーザーが発射される。


 魔法陣から伸びた一筋の光は、橋の上にいる怒鳴り男の膝を一瞬で焼き切った。


「な!!!」


 魔法陣だと!?

 しかもちょい回転する一番かっこいいタイプのやつだ!!


 目を見開いて葵ちゃんの顔を見ると、彼女は今までに見たことがないほどのドヤ顔をこちらに向けてきた。


「あ、あああ……」


 あまりのカッコ良さに言葉を失っていると、葵ちゃんはこう言った。


「いつまでも同じと思わないで下さいね」



 自分にはもう甲板に手をつけて項垂れることしか出来なかった。





『たった今、わらわの命に背いた反逆者に裁きが下った。 他の者もわらわに弓を引くのであれば早うせい。 ただちに物言わぬ肉塊に変えてやるわ』



「いや殺してないから」



 一人の兵士が手に持った武器を地面に投げ捨てると、他の兵士たちもそれに倣って武器を手放す。

 そして全ての兵が武器を捨てたとき、ミカ王国水門橋の制圧が完了した。


◇◇◇◇◇


 船を川べりに寄せて下船をし、橋の上で膝を撃ち抜かれた男を拘束する。


 近くの兵士に『こいつの他にも好戦的だったり戦いを煽るような怪しい者はいなかったか』と尋ねると、怒鳴り男の他に二人ほど該当者がいるとのことで素早く捕縛に向かった。


 件の怪しい者達が詰める部屋へと案内してもらうと、その二人の男達は逃げ出す準備の真っ最中だったので、これを難なく捕縛。


 新たに捕まえた怪しい男達二名を加えた計三名に対してネスエによる尋問を行うと、予想していた通り『ジナーガ王国の間者』であることが判明した。




「はぁ……わらわは友好国であるジナーガ王国へ救援を求めるために城を発ったのじゃぞ? それが何じゃ? アホヅラ引っ提げて敵国に助けを求めて向かっていたというのか。 まったく愚かにも程があるわ」


「でもそのおかげで私達と合流できたんだし、特に問題ないんじゃないですか?」


 奥田がフォローを入れる。


「それは間違いなくそうなのじゃが…」


「何か問題でも?」


「あの時捕まったのがわらわだけだったなら良いが、わらわが何も知らなかったせいで、旅を共にした四人の者達が無体を働かれたのであれば悔やんでも悔やみきれん。 いっそあの旅に同行してくれていた全員が敵国の間者であったなら良いなと思ってな」


「島から救った人達の中には姫の知り合いはいなかったんですよね? でしたら本件を片付けた後に今一度捕まえたマフィア達を尋問してみましょう」


 誘拐の折に姫の同行者を逃したり、証拠隠滅のための行動が他者に見られたりでもすれば、全ての計画が破綻するだろうから、リスクを減らすためにおそらくは全員間者で構成されていたとは思うが……。

 他者の命を尊ぶあまり、いっそ間者であってほしいだなんて。


 これからの調査の結果が彼女の人生に影を落とすようなことにならないことを願う。



「うむ、世話になる」



◇◇◇◇◇


 捕まえた三人の他にも、普段の行動が怪しいと疑われた者に一通りネスエのチェックを受けてもらったが、間者らしい人物は一人も見つからなかった。



 そして水門橋に詰めていた兵士たち皆が極度の空腹を訴えていたため、船に積んであった食料を使って急遽炊き出しという名の宴会を行う運びとなった。


「国への不信を煽るために、食糧などの物資が全然届けられていなかったみたいっす」


 ロッコからの報告を聞いて胸が締め付けられる思いがした。


「寒さと空腹だけはホントいかんのだよ。人間が人間でいられなくなる。ジナーガ王国には裁きが下りそうだな」


「ん?何か裁きます?」


「あ、いえ、エイナーザはまた後でお願いします」


「はいわかりました」


 いつの間にか近くにいたエイナーザは炊き出しの準備に戻っていった。


「………」


「………」


「ロッコ、何とかいいなよ」


「これからは時間が空いた時に大聖堂で祈ったりした方がいいですかねえ?」


「直でいきなよ。直で」


「直はちょっと……」





 水門橋の兵士詰め所には、ルシティとルシティから料理を習っている六人の女性『ルシティガールズ』によって作られた大量の料理が並べられていた。


 相当な空腹に悩まされていたのであろう、乾杯の合図を待たずに料理を食べ始める兵士が現れ、なし崩し的に宴会が始まってしまった。


 水門橋に詰めていた全ての兵士がここにおり、現在橋の上には美咲会員数名が兵士たちの代わりに見張りを行っている。



「国からの支援が滞っている中、よくぞこの場所での任務を維持してくれた。其方らは国の英雄じゃ!今日は存分に英気を養ってくれ!」


 カーラ姫からの労いの言葉が兵士に届けられるが、その兵士達はどこか落ち着かない様子だ。


 理由は分かっている。


 それは我々の格好が最高に罰当たりでヘビーメタルだからだ。


 カーラ姫の格好はネスエ監修によるゴスロリ風黒ドレス・小悪魔エディション程度で済んでいるが、他のメンバーはその限りではない。


 ロッコを筆頭とした男性陣は基本上半身裸で、チェーンか革ベルト、トゲ付き肩パッドが標準装備となっている。


 それに加えて謎パイプやガイコツマスク、顔には白塗り化粧と目の周りには星マーク。


 元が反社だっただけに、このヘビメタスタイルへの親和性が異常なほど高く、君たちはその姿で産まれてきたんじゃないのか?と疑いたくなるほどの世紀末救世主伝説。

 澱んだ街角で俺たちは出会ったタフボーイ。


 この世界に野球の文化が無いにも拘らず、釘バットを持った輩までいる始末で、そのバットは無駄にトレント素材を使用していた。

 おそらくは奥田による小道具だろう。


 そんな男性陣の身なりは暴力を全身で表現している程度で済んでいるが、女性陣はそれに輪をかけてタチが悪かった。



 全身黒レザースーツならまだ大人しい方で、ネスエは己がサキュバスであることを全開でアピールしたトゲ付きハイレグ黒ボンデージ姿をしている。

 ハイレグの角度が鋭すぎて中の具が溢れ出さないか心配になるほどだ。


 奥田は蝋人形バンドの完コピに励んでおり、黒の外套の中には金の鎧を着込んでいる。

 もちろん髪は天に向かって逆立てて。


 女性陣の多くは黒ボンデージ姿をしており、ブーツのデザインやタイツの色などで差別化を図っているが、総じてエロい。


 ベルトだけで胸を隠している人は、少しでも激しい動きをしようものなら、大惨事になること間違いなしだ。




 そして我らがエイナーザは最大のタブーに挑戦しており、聖職者の証である修道服を大胆に改造したエロシスター姿だ。


 清楚であるはずの長いスカートの前面はざっくりと取り除かれており、中に履いた黒いハイレグショーツが丸見えになっている。


 胸のすぐ下にはベルトがキツく巻かれており、その豊かな胸が破裂しそうなほどに押し上げられていた。


 極め付けは背中から生えた自前の翼である。


 白い翼は彼のお方を意味するシンボルであり、その尊きシンボルを貶めることはこの世界においては最大の禁忌とされている。


 そんな翼に対して、血の色の塗料を無造作に塗り、一部の羽を毟り取ってボロボロにしたものを背負う彼女は最高に罰当たりだ。


 異世界出身の身内メンバーでさえ、それを見た時にはドン引きしていた。


 ただしそんな事をしても、彼女にはバチが当たらないであろうことを皆は薄々気づいている。そう薄々。


 この翼を演出する際、羽を一部を実際に毟り取っていたのだが、地面に落ちたその羽を両手で恭しく拾い上げたリオや聖翼教の修道女は涙を流していた。


 ちなみに翼はすぐに元へと戻せるそうだ。




 そんなイかれたメンバー達を見て、水門橋の兵士たちは食事に集中できないでいた。



 多分エイナーザが一番悪い。


◇◇◇◇◇

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