第53話 1時間食べ放題
奥田に持ち上げられた子供は、その手から逃れるため必死にキックやパンチを繰り出している。
しかしそれらがバシバシと当たっているにも関わらず奥田はびくともせず、ただ邪悪な笑みを浮かべていた。
何であんなに頑丈なの?
奥田は背中から大剣を抜き、地面にへたり込んで動けなくなった子供に向かってこう言った。
「まだ分かっていないようだな?コイツの命はお前の行動次第なんだぞ?さっさと行け!行かないのならお前もぶち殺すぞ!!」
そう言われて慌てて子供は走り出す。
腰が抜けてしまったのか四つん這いのような走り方で路地裏へと消えていった。
奥田は子供が路地裏へ走り去ったのを見送ると、持ち上げていた子供を地面へと下ろし、襟首から手を離した代わりに手を繋いだ。
「もう少しだけ待っててね。お友達が全員揃ったら一緒にご飯を食べようね」
その様子を見た他のメンバーが一斉に口を開く。
「うっわきっつ」
「巨悪」
「ゲジゲジの方が可愛い」
「さすが姐御」
「DVの手口」
「日本の恥」
「裁きの対象」
最後のエイナーザさんの発言が少々気になったが、皆からの非難はごもっともだ。
「ねえ君、貴方達はいつも何人で集まってるの?」
手を掴まれている少年に奥田がそう尋ねる。
「あ!あっしコレ知ってやすよ。証言に食い違いがあったら爪を剥がすやつっすよね」
「おだまりっ!」
久々に出たな。おだまり。
恐怖で顔をぐちゃぐちゃにしながら「六人」と少年は答えた。
その後も奥田は少年に対し質問を続け、住んでいる場所、家の様子、今日食べた物、金銭はどうやって稼いでいるかなどを聞き出していた。
よく今まで生きて来れたなと思う生活環境だった。
◇◇◇◇◇
しばらくすると、路地の隙間からガタガタと震える子供達が顔を出した。
「早くこっちへ来い!」
奥田がそう急かすと、ボロボロの衣服を着た子供達が震えながら近づいてきた。
先ほど仲間を呼びにいった子供なんて真っ青な表情をしている。
「ふむ、六人か」
近づいてきた子供は六人いた。
「じゃあさっき聞いた話と食い違っているんで爪剥がしの刑っすね?」
それを聞いた子供達が恐怖で蹲ってしまった。
「こらこらやめろ。仲間は六人いるって意味だったんだろ。はいはいみんな大丈夫だからねー。おにいさんに着いてきてくれるかなー?ご飯が用意してあるからそれを食べようね」
なるべく和かに話しかけ、震える子供達を拠点へと案内した。
入り口まで辿り着くと、娼館に売られると勘違いした女の子が大泣きしだしたが、強引に建物の中へと押し込み、先に暖かい飲み物を与えてからゆっくりと誤解を解いた。
◇◇◇◇◇
全員を建物の中へと入れると、奥田がバーカウンターから杖を取り出して、子供達に浄化をかけて回った。
「一人頭、火球2ね」
「ロッコの靴片方分と考えると相当に汚れていたみたいだな」
「どんな感想を持っていいのかわかりやせん」
子供達を綺麗にし終わったタイミングで、ルシティが料理を運んできてくれた。
「ふははは!震える童どもよ。私の作る最高の料理が味わえることを光栄に思うがいい!」
お?なんかヴァンパイアのロールプレイをしているっぽいな?子供受けを重視したんだな。ガチのヴァンパイアなんだけど。
先ほど子供達の召集を待っている間に、ルシティと松下さん・オサートちゃんには先に娼館へと戻ってもらい、子供達に食べてもらう料理の準備をしておいてもらった。
テーブルに並べられた料理は、パン、スープ、焼き魚、豚の生姜焼きだった。あの短時間で良くぞこれほどのものを用意したものだ。
最近ルシティは奥田や松下さんから日本の料理を習っているらしく、材料の兼ね合い的に再現可能な物を模索しながら色々と作っているそうだ。
生姜焼きがとても美味しそうに見える。
「さあ存分に食すがいい!おかわりはいくらでもあるので遠慮せずにな。ふはははは」
ルシティは迷宮に閉じ込めておくには勿体なさすぎる人材だなと改めて思った。
◇◇◇◇◇
皆のために風呂を沸かしに行ってから、ダイニングへと戻ってくると、子供達は争うように料理を食べまくっていた。
一番小さな女の子に至っては泣きながら料理を頬張っている。
そんな子供達の様子を奥田とエイナーザさんは優しく見守っており、それ以外のメンバーは、略奪品を自室に飾ったり改造したりとめいめいに過ごしていた。
エイナーザさんは子供達を見守っているのではなく、奥田に裁きを与えるタイミングを見計らっているだけなのかもしれんが。
子供達の容量が限界に達し、もうこれ以上は食べられないぞといった雰囲気に包まれる中、彼らを奈落の底へと叩き落とすような無慈悲な声が響き渡る。
「デザートを持ってきたぞ」
ルシティがテーブルに置いた無慈悲なデザートは、周りをカットフルーツで彩られたシャーベットだった。
あの状態でデザートなんて入りきるのだろうか。なんて無慈悲な仕打ちだろうか。甘いものは別腹とは言うが、いくらなんでも限界はあろう。
そんな心配をよそに、子供達はデザートを一瞬で平らげてみせた。
◇◇◇◇◇
「聞け!!!!」
いつの間にか舞台の上にあがった奥田が大声を出す。
「今は腹が一杯で動くのも辛いだろうからそのまま聞け」
頭には軍帽のようなものを被っているが、よくみると軍帽ではなく隼人くんの制服の帽子だ。
「お前達は遅くとも後1、2年で死んでいただろう」
「!!!!!」
「食うものがなくて死に、夜に凍えて死に、病を患って死に、誰かに騙されて死に、犯罪に手を染めて死に、暴力に曝されて死ぬ、そういった未来しか用意されてはいなかった」
まあ多分そうなっただろうな。
「しかし今日からは違う!つい今しがた、そこの小僧がオサートに絡んできた、そこからお前達の運命は大きく変化したのだ!!」
きっかけがまた「絡む」か。ロッコと同じ出会い方だな。
「今後お前達の人生では一生飢えることもないし、一生凍えることもない!理不尽な暴力に曝されることもないし、犯罪に手を染めることもない!私たちがそう決めたからだ!」
普通の子供はそうあるべきだよな。
飢えてしまうなんて絶対に許されない。
「何故今までは食うものにも困る生活をしなければならなかったのか、何故暴力を振るわれたのか、何故凍えなくてはならなかったのか、それは全て『運が悪かった』からだ!!」
街の政治のせいだとか、親の行動のせいだとか色々と理由はあるんだろうけど、それら全部ひっくるめると不運だったってことになるか。
「街に住む多くの子ども達は、お前達の年頃には、親が食事を用意してくれ、親が教育を施してくれ、親が暴力から守ってくれる。それが当たり前だ。その当たり前がお前達に与えられなかった理由は『運が悪かった』ただそれだけだ。」
ほんとこの子達は何で孤児になってしまったんだろうか。
「お前達には一切の責はない!だから今後は、誰も恨むな!誰も妬むな!誰からも奪うな!」
不幸の螺旋は断たないとな。
「お前達は明日からこの街の誰よりも高度な教育を受け、誰よりも強いものに守られ、この街一番の料理を食べて過ごしていくことになる」
おっと、高度な教育か。まあ俺たちが知っている程度のことなら大丈夫だろう。
「高度な教育はお前達の魂を磨き上げ、美味い料理は丈夫な身体を育むだろう。そうして得たものは我々に一切返そうとはするな!この世界の運の無い子供達へと渡せ!それが私達からお前達へのお願いだ!」
この世界への還元は重要だな。
「だから私たちに甘えろ!私たちを困らせろ!私たちに強請れ!それがこの世のどこかにいる運の悪い子供達を救うことに繋がるからだ!わかったか!!返事!!」
「「「はいっ」」」
いささか軍隊的すぎんか?
◇◇◇◇◇
松下さんと稲葉姉弟が子供達を風呂へと連れていった。
奥田がこちらに近づいてきて、バツの悪そうな顔をして話しかけてきた。
「先輩ごめんなさい。勝手なことをしてしまって」
「全然構わんよ。子供達に食事と教育を与えることなんて、やりすぎくらいが丁度いいと俺も考えてるし」
「ありがとうございます」
「どうです?うちのミサキは?」
近くにいたエイナーザに話を振る。
「ええ、先ほどの話はとても満足のいくものでした。ミサキ、貴方にも私からの許可を与えましょう」
「へ?」
エイナーザはそういうと舞台の上へと移動し、大きく息を吸ってから歌いはじめた。
今まで聴いたことのない曲。言葉の意味も何故か翻訳されず、ゆっくりとしたその歌声は光を放った。
歌声と光はさまざまな形を作り広がっていく。
光が舞い、歌声が舞い、光が跳ね、歌声が跳ねる。
やがて光は空間を満たし、しだいに幾重もの光の輪へと形を変え、奥田の額へと吸い込まれていく。
歌と光が静まり、エイナーザが舞台から降りてきて奥田に言った。
「光の声があまねく生命の支えとならん」
そう締めくくられた。
◇◇◇◇◇
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