第54話 ガイアの剣

「でもあの時の書類って中央に持って行けって言われてたやつでしょ?」

「だから前日から用意してましたのに。それをあの方達はよく読みもしないで青色用の引き出しに入れましたのよ」


 いつもの定位置、壁際の二人掛けテーブル席でリオとアプラが会話をしている。

 今しがた見た光景を理解するのを諦めて、現実逃避ならぬ現実回帰しているようだ。


「許可ってなんの許可です?」


 奥田がエイナーザさんに質問をした。


「人々を導く許可です」


 そんなものに許可などいるのか?


「この世界では勝手に宗教を開いてはいけないんですか?」


 同じようなことを考えていた奥田が質問をしてくれた。


「別に宗教を開くこと自体は自由ですが、許可がなければ奇跡を行使することは出来ないので、いずれは信者が離れていくでしょう」


「つまり私は今、奇跡を行使出来るのですか?」


「はい。出来ますよ。ただしあの子供達をはじめとした信者に益がある場合に限ります。あとはその奇跡の力を人に分け与えることもできますよ」


 部屋の隅にいるリオとアプラはこの会話が耳に入ってしまい、顔を真っ青にしている。


「おお!子供達を守れるの力なのですね。それは助かります!ありがとうございます!」


「はい。存分にその力を振るってくださいね。ただこの世界には聖歌教なる宗教が既にあり、私が遥か昔に許可を与えた者の意思を引き継いでいるという建前で存在しておりますから、その者たちとぶつかってしまわぬよう気をつけてくださいね。争いは悲しいものですから」


「あー、開祖さんはもういないから、実際に奇跡を行使出来る人は聖歌教には残っていないと?」


「はい、その通りです」


 これは聖歌教にとって一大事ではないか?

 既に開祖は死んでおり、奇跡を行使出来る人物は残っていない。つまり奥田がその力を使えば聖歌教をまるっと手に入れることも可能。

 しかも奇跡を扱える人物を指名する力もあるから、教会内の人事も思うがままと………。


「ところでその奇跡を使うには具体的にどうしたらいいんですか?」


「それなら今日取ってきた材料を使って、明日から楽器を作っていきましょう。それが完成したら奇跡の実践としましょうか。私あのギターとベース、ドラム、キーボードという楽器に興味津々でして!」


「前の三つは良いとして、キーボードはこの世界の文明の進み具合からして難しいと思いますよ」


「あらそれは残念ですね。ならば同じようなものがないか街で探してみましょうか」


「いいですね!明日一緒にお買い物に行きましょう!」


「はい、楽しみにしています」


 エイナーザさんは俺たちが別の世界から飛ばされてきた事を知っているんだな。

 もう少し仲良くなったら帰る方法を知らないか聞いてみよう。今は子供達も保護したし、いきなり帰られてもみんな困っちゃうだろうしな。



 そんな話を聞いていたら、風呂から上がった奥田教の信者たちがツヤツヤピカピカになって戻ってきた。



◇◇◇◇◇



 夜も大分更けてきたので、子供達を寝室へと案内した。

 女の子3人で一部屋、男の子は4人で一部屋を割り当てた。今は寝るだけだから広さは十分だろう。今日は簡単な毛布くらいしか用意できなくて申し訳ない。明日にでもしっかりとした寝具を買ってこよう。

 あともう少し大きくなったら個室を与えていく感じでいいかなと思う。



 子供達を寝かしつけてからダイニングへと戻ると人はまばらになっていた。

 厨房からワインとスモークサーモンを取ってきて席に座る。


「おつかれい」

「あ、ダンナおつかれっす」


 ロッコも一杯引っ掛けてたみたいだ。


「なんか色々ありやしたね」

「うん、まあ悪いことは起きてないからいいかなーと」

「確かにそうっすね。ところであの二人は」


 リオのアプラは真顔でテーブルを見つめたまま微動だにしていない。


「そのうち正気に戻るんじゃないかな?奥田とエイナーザさんは?」

「あの二人なら、た、タブ、銀の板を持って上に行きましたよ」

「タブレットね。また楽器とか音楽の話かな?」

「ミーヤも一緒に着いていったんでそうじゃないっすかね」


 そのとき自分の後ろから手が伸び、テーブルの上にワインとナッツが置かれた。


「私たちもお邪魔するよ」

「お邪魔するよ」


 そういってルシティとネスエが席に座った。


「ではあらためて乾杯」


 皆でグラスを掲げる。


「かの者は遥か貴き存在のようだな」


「ぽいよねぇ」


「私も街に住む唯一の、まあ今は二人だが、唯一の魔物であったがため、それなりに特別感を覚えておったのだが、そのような考えが一気に吹き飛んでしまったわ」


「普通に音楽が好きなだけの人に見えるんだけどね。羽根は生えてるけど」


「そもそも此処にいる者達は誰もが変わった出自をしておったな」


「他の世界からきたり、迷宮からきたり、某国から国外追放されてきたり」


「あっしは違いますって」


「ねえ?エイナーザさんの事って聖歌教ではどう伝えられてるの?」


 未だに放心状態の二人に声をかけてみた。


「ちょっとこっちに来て教えてよ」



 ゆっくりと立ち上がった二人は、椅子を持ってこちらのテーブルまでやってきた。


「まず最初にお話ししますが」


 リオが説明してくれるようだ。


「あの方の真名を知る者は、この世には此処にいる人たちしか存在していません」


 なんかリオが仕事モードの時の口調だ。


「え?名前すら伝えられていないんだ?」


「違います。開祖様はあの方から名前を教えてもらってはいないのです」


「尋ねなかっただけじゃない?ちゃんと挨拶はしたほうがいいよ?」


「真相は分かりませんが、聖典の光の章であの方から名前を教えてもらった描写はありません」


 光の章とな。


「開祖様は元々旅芸人をしておりまして、各地の人々に喜びと安寧を振り撒いておいででした。ある時その活動と類稀なる音楽の才能を買われ、あの方から許可を頂いたと伝えられています。許可を与えられた開祖様はあの方と共に暫くの間旅をご一緒し、その時に翼の聖歌と奇跡の力を授けられたそうです。あの方と別れた後も旅は続けられ、時に火山の噴火から町の人を守ったり、湖に現れた大水龍を鎮めたとのことです」


「え?奥田って火山とめれんの?」


「うっ……おそらくは可能かと」


 すげえな奥田。


「そういえば聖歌教ってこの後大丈夫なの?」


 一番聞きたいことを質問してみた。


「それに関しては何とも………ミサキ様がそう望むのであれば聖歌教は付き従うだけかと」


「言っちゃ何だけどやめといたほうがいいよ?宗教の頂点が、子供を片手で持ち上げて、刃物を振り回しながらぶっ殺すぞとか言っちゃう人物だと色々不味いでしょ?」


「た、確かにそうなのですが、許可を頂いた方のご意向には逆らえませんので」


「多分奥田なら聖歌教を乗っ取ろうとは言わないと思うけど、一応明日にでも意向を聞いて、方針を定めようか」


「わかりました」



 混乱続きのリオとアプラは部屋に戻って寝るそうだ。ゆっくりと休んでいただきたい。


◇◇◇◇◇


「あっしの個人的な感想としては、なんか色々なことがスッキリしたなっておもいやす」


「というと?」


「ミサキ姐さんが尊きお方からのお墨付きになったんだから、街とか国とかを相手するときや、それこそ今日みたいに孤児を救うとか、いろんな活動の障害が取り除かれたなって思ったんですよ」


「まあそうだな」


「今日連れてきた童達を守りやすくなるのは良い事だな。どうせこれからもああいった者達は増えるのであろう?だとしたら大鍋をもう一つ買っても良いだろうか?」


「調理器具に関してはいくらでも買い足して良いってば。今日の稼ぎだってルシティの存在があってこそのものだし。あ、ネスエちゃんもだね」


「私は棺を運んだだけですよ」


「あ!そういえば棺のこと忘れてた!ルシティ、あの棺って中に入れたものが新鮮なまま保たれるんだよ!多分。葉物野菜でも入れて試してみて」


「な!!!なんだと!!!そ、そそそんな素晴らしいものが手に入ったのか!!!」


 ルシティと出会ってから一番大きなリアクションが出たぞ。


 その後も雑談は続いたが、ルシティが棺を見たそうにソワソワしていたので、ここでお開きとなり、ネスエちゃんに好きな個室を選んでもらってから就寝した。


◇◇◇◇◇

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