第55話 となりのロッコ
「お?シャワーついとる」
目を覚ますために朝から風呂へ行くと、洗い場の壁面からシャワーノズルが生えているのを見つける。
「それ、こないだミーヤちゃんとアプラさんが取り付けてくれたんですよ」
奥田がそう教えてくれる。
「おー、結構勢いあるな」
「さすがにまだホース型のシャワーは難しいみたいですね」
「ビニールやゴム的な柔らかく頑丈な素材を見つけないと再現は難しいだろうなあ」
しかしシャワーでお湯が浴びれるだけで随分と文明が進んだ気になる。
後、海水浴場のシャワーを思い出した。
身体を流し終えてから湯船に浸かると、全身の血流が加速したような感覚が走り、一気に目が覚める。
「んんんあああー!お湯本来が持つオーガニック的な自然由来のエネルギー的なアレが流れ込んでくる音ー!」
「ああいうのって『何々本来の』使いがちですよね」
「あと豊かな土壌が育みがち」
湯に浸かりながら今日の予定を頭に浮かべる。
子供達とネスエちゃんの寝具と衣類を揃えるだろ?他には同様の子供達がいないかの聞き取りをするだろ?
「そういえば楽器を作り始めるんだっけ?」
「はいそうなんですよ。でもその前に街で楽器そのものか、楽器の材料に使えそうなものを探しに行きます」
「じゃあついでにエイナーザの衣類も揃えてやってくれ。あの真っ白な服だと変に目立つだろうし」
「了解です」
「っしゃ、んじゃやるかー」
そういって風呂から上がった。
「ところで先輩、私ツッコミ待ちなんですけど。二つの意味で」
「片方だけにしとけ」
◇◇◇◇◇
「あ!こないだのクズ男!」
寝具店に着くなり店員のおばちゃんから罵声を浴びせられた。
「新婚さんか初々しい恋人同士かと思ってたのに、あんた女衒だったんだね!あんなにも小さな女の子を娼館で働かせるだなんて、この外道!」
なるほど、そういう誤解か。
「いえ違うんです、聞いてください」
そう言ってから店員さんに事情を話した。
「なにさ、あんたは子供達を保護してたのかい。それなのに悪く言っちまってホントすまなかったよ。それでお詫びと言っちゃなんだが、こいつを持っていきなよ」
店員さんは詫びの品として箱いっぱいのぬいぐるみを渡してきた。
「え?いいんですか?子供達も喜びますよ。ところでどうしてぬいぐるみを?」
「それなんだけどねぇ、本当は教会のバザーで売るつもりだったんだけどね、バザー当日に急患が何十人も運び込まれてきちまってさ、治療の手が足りないからってんで、のんきにバザーやってる状態じゃなくなっちまったんだよ。次のバザーまで日もあるし、子供がいっぱいいるなら丁度いいかなってね」
「ああ、これはバザーでの売り物だったんですね。そういうことでしたらこれにもちゃんとお金を払いますよ。どれもよくできているし是非買わせてください」
「あら?悪いねえ。布団を作った時の端材でこさえたもんだったんだけど、こっちとしても助かるよ」
「いえいえお気になさらず。では寝具の料金に付け加えておいてください」
「んじゃ合計でこれね、また全部運ばせてもらうよ」
「ありがとうごさいます。ではまた」
こうして子供用の寝具を用意することができた。
現在子供用の部屋には大きなベッドが1台だけ置かれた状態だ。
二人でアレする時用のベッドなのでサイズは非常に大きい。
そこで一旦その大きなベッドは解体し、代わりに普通サイズのベッドを4台入れることにした。
一応4部屋分は用意したけど、これ足りなくなるとかあるんかなあ?
◇◇◇◇◇
寝具店を出たところで松下さん率いる子供軍団と鉢合わせになった。
衣料品店の帰りらしく、皆が小綺麗な姿に変わっていた。
「おー、みんな素敵になったなあ」
「長野さんこんにちは。この子達の格好はまだ仮の姿ですよ」
「え?仮の姿?」
「先ほど服屋さんで今すぐに着れる服とは別に、この子達の制服をフルオーダーして参りました」
「制服のフルオーダーって……、そんな簡単にお願いできるもんなの?」
「はい、ミーヤちゃんにスマホで参考写真を見せて、完成イメージを伝えてみたところ、あっさりと型紙を起こしてくれまして、それを持って服屋さんにお願いしてきました」
あのツンデレフィギュアまでめちゃくちゃ優秀じゃないか。工作が趣味とか話していたから、てっきり籠とかブローチなんかを作ってるんだと思ってたわ。やばいな。手遅れになる前にロッコの邪魔をしなくては。
「俺も後でミーヤに頼んで闇に染まりし漆黒の外套をデザインしてもらうわ」
「それは相当に黒そうですね。では我々はこのまま靴を買いに行ってきます」
「はい、また後でー。みんなもまたねー」
◇◇◇◇◇
昼食のために娼館へと戻ると、ダイニングでロッコが本を片手に昼食を摂っていた。
「おや、ロッコくん。本を読みながらの食事とは、少々お行儀が悪いんじゃないですか?本は取り上げです!」
悪い芽は早めに摘もう。
「あー、すいやせん。先に食べてしまうんで本は勘弁してくだせえ」
ん?この本は何やら匂うな?
「どうせ何かみんなの役に立つための本なんだろ!俺の存在価値を薄めやがって!」
「一体どうしちゃったんすか」
「それはなんの本だ、言ってみろ!」
「ええっと税務処理関連の本っす。皆が事業を立ち上げ始めたんで、税金周りはきっちりやっておこうかと思いやして」
「は?はああああああ???よりにもよって税金だと??ふ、ふざけんなよ!!ロッコのバカ!もう知らないっ!!」
本の内容を聞いて居た堪れなくなり、厨房へと走って逃げた。
まてまて税務処理だと?あのロッコが?ついこないだまで『社会の厳しさを教えてやる』とか言って子供に絡んでたやつだぞ?ホント何なんだ?魔素か?魔素だな?魔素が税務処理に働きかけたのか?そうに違いない。魔導確定申告だろ!魔導小規模事業者持続化補助金だろ!!
ち、ちくしょー!!
◇◇◇◇◇
ロッコの魔素に当てられ厨房まで逃げてくると、中ではルシティとネスエがうどんを打っていた。
「うどん?」
「うむ、これなら材料が揃えやすかったのでな」
「出汁とか醤油はどうしたの?」
「出汁はこの街で小魚を干したものが売っていたのでそれを使っておる。醤油に関してはチヒロ達と食べ歩きをしたときに入ったレストランで、彼女らが醤油に近いと感想を言ったタレがあったので、その店のご主人に分けてもらったわ」
めちゃくちゃ研究進んどるがな。みんなやることが早すぎるよ。まだ無垢なるネスエちゃんをこちら側に引き込まなくては。
「もうすぐ出来上がるのでダイニングで待っておれ」
「あっちはロッコが虐めてくるからやだ」
「ふはは、何ぞあったのか。まあよい、ならばここで待っておれ」
それから少ししてうどんが出された。
見た目は完全にうどん。上にはネギではなく謎の香草がひとつまみだけ盛られている。
「いただきます」
まずは汁を一口飲んでみる。
「!!!!!」
これ完全にうどんの汁だわ。色が透き通っているのに出汁の風味がよく効いた西日本スタイルだな。
麺も一緒に食べてみると、更にうどん。
若干麺は柔らかく感じたが、これは好みの問題だろう。ネギの代用品も悪くない。少し辛みのある香草の名前はわからないが、ネギに求められている働きを十分に担っている。
「むちゃくちゃ美味しいです!」
「そうかそうか!!美味であったか!してこの先に手を加えるとしたら何が考えられる?」
これまた難しい質問がきたなあ。日本で食べるものなんて全部が美味いと感じていたから、細やかなアドバイスなんて思い浮かばないぞ。
んー。
「生卵………かな。生卵をここに落としたい」
なんか間抜けな提案が口から出てしまった。
「なんと!そのような野生的な食し方があるというのか。しかし人間が生の卵を食しては腹を下すのではないか?」
「殺菌してない卵だと、ああ、あの白魔法の杖で浄化した卵を使えばいいんじゃないかな?」
「ぬううう、あの杖か………あれは我々の種族だと身体が溶けてしまうんじゃないかと思って、怖くて手を出せぬのだ」
ヴァンパイアだから溶けるなんて事あるんだろうか?こないだエイナーザの歌を聴いても大丈夫だったし、いけると思うんだけどな。
「今度極々威力を絞ったもので試してみようか。案外何ともないかもしれないし」
「ぬう、食の更なる向上のためには致し方ないか。よし今度一緒に試してくれ」
「わかった。じゃこれ、ご馳走様でした。ありがとうねー」
「うむ、また来い」
「また来い」
お礼を言って厨房を後にした。
◇◇◇◇◇
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