第110話 セインと聖夜
秘密工廠は巨木の真下に位置するため、その根が工廠内に影響を与えていないか確認をするために出かけた。
事前にタピアを介して『工廠を壊さないように』と巨木に伝えてはもらったが、何せ相手は樹木だ。
念の為に自分の目で確認するのは悪くはないだろう。
元々は剥き出しの岩があるだけの工廠入り口付近にも、巨木の根が張り出し絡まっていたが、扉の開閉に影響はなく、タピアの言葉がちゃんと巨木に伝わっている事が窺えた。
工廠内部もしっかりと確認してみたが、壁や天井には一切の影響が見られなかったので一安心。
ついでに巨木の成長が止まったかを確認するために、崖を登っての上まで行くと、巨木の根本には見慣れない女性が立っていた。
いくら暑くなってきたとはいえ、そこまで薄着になる必要ある?と言いたくなるほど薄くて透けた布だけを身に纏った女性の、その後ろ姿を見ただけで『こいつはカタギじゃない』と察することが出来たので、何も見なかったことにしてその場からすぐに立ち去った。
ああいう人の対応は専門の方にお任せするのが一番だ。
◇◇◇◇◇
今日は正午から『甘味処パージヤス』の開店だ。
揃いの制服を着た女性店員が店の前に整列をしており、オーナーパティシエであるルシティからの訓示を待っていた。
「えー、まもなくこの店が開店するわけだが、君たちへの注意としては『何かを我慢しながら仕事をするな』ただそれだけだ。 気に入らない客が来たら蹴り飛ばしてくれても構わないし、好きな客が来たら勝手にオマケを渡してくれてもいい。 小腹が空いたら店の菓子を摘んでもよい。 君たちが楽しそうに仕事をしてくれればそれだけでよい。なぜなら店員が楽しそうにしているお店には勝手に人が来るからだ。 くれぐれも君たちが何か我慢をしながら仕事をするような事だけはしないように注意してくれ。以上だ」
んー、自分もここで働こうかな。
このルシティの喫茶店ではドーナツがメインで売られているが、クッキーやケーキなども販売している。
そして目玉商品としては、植物魔法と腐らずの棺によって生み出された『季節ガン無視フルーツタルト』だ。
春先だろうと梨や桃は乗るし、真夏でもミカンやリンゴが盛られている。
ミカンにいたっては、トレントのミカンちゃんから提供を受けた超希少な魔物産フルーツだ。
魔族とエイナーザからは大絶賛されたそのミカンは、普通の人間が食べるとタダのおいしいミカンだった。
美術館や倉庫レストラン、その他方々で配ったチラシのおかげか、色街の外れという微妙立地であるにも拘らず多くのお客さんが足を運んでくれた。
店員の女の子が店の外にまで伸びた客の列を整理しつつ、待たせているお詫びとしてクッキーを手渡している様子を、少し離れた場所から腕組みしながら眺めていると、列に並んでいる客の中に先ほど巨木の下で見かけた『あっち系女性』を発見したので、すぐさま娼館拠点内へと退散した。
◇◇◇◇◇
ダイニングに入ると奥田達がロッコを取り囲んできるのが見える。
「この格好で経理の仕事するんすか?」
「凄くかっこいいよ!」
「空が似合いますよ」
「子供の憧れになりますね」
「許可いります?」
また新宗教を開こうとしてるのか?
皆が集まっている場所へと近づくと、ロッコの全身を見ることが出来た。
頭部には、目を覆うためのバイザーが付いた白銀の兜を被っており、口元以外の部位は完全に隠されている。
デザインのテーマとしては鷹?だろうか。全体的に猛禽類の鋭さが表現されているように思えた。
耳の場所には鳥の羽根をあしらった飾りが付けられ、額には真っ赤な宝石が埋め込まれている。
赤いインナーの上から肩、胸、腰、肘にだけ白銀の鎧が装着されており、動きやすそうではあるが防御面には難がありそうだ。
どのパーツも薄らと光を放っており、信心深くない自分からでも、神気と思しきものを何となく感じ取れてしまう。
「全力で加護を与えました」
胸を張ってエイナーザが言う。
「全力て…………そんなの大丈夫なんですか?」
「邪悪な者なら近寄るだけで蒸発します」
「こっわ!!」
ロッコが安全になるのは大歓迎なんだが、近づくだけで蒸発って。
「後はこのガントレットとグリーブ、そしてマントですね」
残りのパーツを奥田がテキパキと装備させていく。
「他の部分の鎧はないのか?」
「全身を覆うとどうしても動きを阻害してしまいますから。普段使いしてもらいたいのでプロテクタータイプにしました」
なるほど、普段使いさせるという鬼畜なアイデアは奥田の発案か。
「でも太ももとか腹が剥き出しっていいの?」
「そこはエイナーザに頼んで加護マシマシにしてもらいましたので、この大陸にはロッコを傷つけられる者は居ないそうです」
「まじかよロッコ最強じゃん」
完全装備のロッコは存外カッコよく、本人の表情からも満更ではないようにみえた。
「じゃあ残りは言葉使いの矯正ですね。人前に出る時はヤクザな言葉は控えてください。元々の言葉に戻してくださいね」
「お、おう…」
「はい!早速ダメです」
「はい!」
言葉使いまで直させられるのかよ。
◇◇◇◇◇
「おーいったいった」
「がんばってねー!」
「気をつけてー!」
空へ飛び出して行ったロッコを皆で見送った。
「で、ロッコはどこ行ったんだ?」
「美咲会商館に経費をまとめた紙を取りに行っただけですよ」
「本当に通常業務なんだな。街を守ったりはせんのか?」
パトロールにでも出かけたんだと思ってた。
「イキッチーが殺意や悪意なら感じ取れるので、通常業務がてら正義の味方って感じですかね」
「元の世界のヒーロー達もそんな感じだったのかなあ」
「少なくとも経理担当のヒーローって見かけませんでしたね」
コンセプトは悪くないのではなかろうか。
商会の看板背負って正義の味方、ついでにお店の広告も兼ねると。
◇◇◇◇◇
ダイニングのテーブルで各言語対応の九九一覧表を作っていると、外からロッコが帰ってきた。
「おかえり。どうだった?」
「もう大変でしたよ!!」
「え?そんなにこの街は悪に脅かされてたの?」
「ちょっと聞いてくださいよ!」
ロッコの話によると、まずは支払いの用事があった魔道具屋へ行ったとき、お婆さんに散々笑われたと。
そこから新港エリアに帰る途中で、若い女性が男に手を掴まれ、強引に引っ張られているところに出くわしたのでそれを仲裁。
男と女は互いに面識もなかったので、男を衛兵詰め所に護送。
そこでも衛兵達に気味悪がられたと。
今度は詰め所から新港エリアに戻ろうとすると、大聖堂前の広場で泣いていた女の子がいたのでこれを保護。事情を尋ねると母親と逸れてしまったそうなので、女の子を抱きかかえて空からの捜索をし、母親を探しだして無事親元へと返す。
「うん、なかなかのヒーローっぷりじゃないか」
「その大聖堂前ってのがヤバかったんすよ」
こんな自分からでも感じれてしまう鎧の神気とやらは、教会関係者が見ると卒倒ものらしく、大聖堂近くにいた聖職者を軒並み失神させたそうだ。
「魔剣の『魔』要素で相殺とかできないの?」
「こんなに出されると俺には無理だな。あと俺は邪悪なわけじゃないからな。正義の味方やってんだぞ」
イキッチーもお手上げの神気らしい。
そして正義の味方をすることも気に入っているみたいで良かった。
「で、最後が一番ヤバかったんですが、大聖堂前を離れて、今度こそ新港エリアに行こうと飛んでたら、突然魔剣の上に女の人が乗ってきたんすよ」
「え?飛び乗ってきたってこと?」
そんなの怖すぎるだろ。
「そうなんでさぁ。なんか裸みたいな格好をしたその女の人が自分の鎧をみて『あ、ちがった』って言って、そのまま何処かへ飛んでったんです」
「裸みたいな格好か……」
「知り合いですか?」
「いや、今はまだ知らない……」
そんな格好している人は一人しか心当たりがない。
やはりこちらに用があってこの街に来たみたいだな。
「よし、その最後の件だけはエイナーザに報告しよう。我々人類には手に余る案件だ!」
「了解っす」
やはり一目見た時の直感は正しかったな。
◇◇◇◇◇
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