第111話 ギガ
「あー、はい。分かりました、こちらで対応しておきます」
ロッコと自分が目撃した『謎の薄着女』の報告をエイナーザにし、彼女が代わりに対応してくれるという確約を得た。
「あの人は先日言っていた『土が好きな人』何ですよね?」
「そうですそうです。あの宝玉を私に預けていった者です」
「勝手にあんなところに木ぃ生やしやがって的なことにはならないですか?」
普段は人里から離れたところで光るって言ってたので、何かこちらがやらかしてしまったのか心配だ。
「それは大丈夫ですよ。あれを根付かせただけでも大したものですから」
「そうでしたか。あとはタピアが人見知りの激しい性格をしているので、出来れば彼女を驚かすようなことにならないようにお願いします」
半裸の女性に話しかけられるようなことがあれば、人見知りとか関係なく驚いてしまうだろうが。
「はい。その辺りはこちらで上手くやっておきます」
「ありがとうございます。宜しくお願いします」
無事、専門の方への引き継ぎが済んだ。
◇◇◇◇◇
翌朝、ダイニングへ行くも誰も見当たらず、厨房の中を覗いても人は居なかった。
ルシティはすでに喫茶店を開けているのだなと思い、玄関を出て喫茶店へと向かった。
「やあおはよう」
「おはようございます」
まだ朝も早いのにルシティは喫茶店のカウンター内に一人で居た。
「朝はいつから開けてるの?」
「昨日から一度も閉めておらぬぞ」
ヴァンパイアは眠らなくていいとはきいたが、さすがに24時間営業は時代を先取りしすぎではなかろうか。しかも夜間のワンオペは防犯上……それは問題ないか。
「私やネスエは深夜に時間を持て余すことがよくあってな、それならばと深夜もずっと店を開けていたのだよ。だがそんな時間帯でもそれなりに利用者が居たようでな、ほらそこに」
ルシティがカップを拭きながら顎で店の奥を指し示す。
店の奥にあるボックス席のソファには、何人かの人が眠っているのが見えた。
「アレは朝訪れるお客さんから
「何か理由があって家に帰れなくなったものだろう。無碍に追い出すこともできぬ」
「それなら奥の物置を潰して簡易寝室でも用意しようか。荷物は娼館側に入れれば問題ないでしょ」
「うむ是非そうしてくれ。して朝食は『モーニング』でよいか?」
いまルシティは思いっきり『モーニング』って発音したな。
「ああ、うん、お願いします」
そう返事をした後、現在何人ほどの帰宅難民がいるのかを確認するために、ボックス席へと近づいた。
ソファで眠る小汚いオッサンA、小汚いオッサンB、小汚いオッサンC、女神のような半裸の女性A。
全部で四人か。
「…………」
「ルシティちょっと商館拠点に行ってくる。すぐ戻るよ」
「うむわかった」
◇
まだ眠っていたエイナーザを叩き起こし、急いで喫茶店へ連れていくと、彼女はソファで眠る半裸女性を片手で掴み、そのまま地面を引き摺りながら店の外へと出ていった。
「二人は知り合い同士なのか?」
ルシティがそう尋ねてくる。
「うん、多分あっち側の人だと思う。大地の何とかって言ってたよ」
「大地のか……。まるでおとぎ話のようだな」
ヴァンパイアって存在も十分におとぎ話なんだけど。
目の前のカウンターの上には、ルシティが出してくれた『モーニング』が置いてある。
飲み物、トースト、ジャム、ゆで卵、サラダと、完璧な布陣である。
しかもサラダにはオレンジ色の謎ソースが掛けられており、『モーニング』の再現度の高さに慄いた。
「このモーニングって誰から教わったの?」
「ミサキだ」
「やっぱり……」
「この『モーニング』はそのうち近所の店でも出すようになり、各店で個性を競い合うようになるのであろう?」
「まだ先だと思うけどね……」
「実に楽しみであるな」
あいつは一体何を吹き込んでるんだよ。
◇◇◇◇◇
朝食を食べ終えて商館拠点に戻ると、エイナーザと半裸の女性がテーブルを挟んで話し合っているのが見えた。
エイナーザは半裸の女性に対して「そんな格好で彷徨くな」的な話をしているようだが、それを言われている側はとても眠そうで、話の半分も聞こえていないように感じた。
二人の邪魔をしてはいけないと思い、中庭へ移動すると、朝も早いのにロザリーが庭の草むしりをしていた。
人の手脚が生えてしまったロザリーの後ろ姿はやはり不気味で、背中にザリガニを背負わされた人がしゃがみ込んでいるように見える。
ロザリーの足元は裸足ではなく、作りのしっかりしたオシャレなロングブーツを履いているのが見え、いま自分が履いている試作用の靴なんかより遥かに高級そうなものをザリガニが履いていることに、少しだけ釈然としなかった。
いや、貢献度的にはロザリーの方が上だ。
いやいや、むしろそんなことを考えてしまう事自体が良くない。
自分用の新しい靴をおねだりするために、ミーヤの工房へと向かうことにした。
◇◇◇◇◇
「新しい靴が欲しいなら自分で作りなさいよ!大体今の靴はまだ使えるんでしょ?人が新しいものを身に付けていたからって毎回それを欲しがってたらキリがないわ!ヨソはヨソ、ウチはウチ!」
「は、はい」
ミーヤに靴をねだったら、無茶苦茶お母さんみたいなセリフで叱られてしまった。
「私はいま『バイク』ってを作るので忙しいのよ!」
そうミーヤが言う通り、彼女の周りにはバイクのパーツと思われるものが大量に散乱しており、足の踏み場もないほどだった。
「大体いまは車体の強度が問題で行き詰まってるところなのよ。これがスッキリしなければ靴なんて作ってあげられないわ! 重さと強度が満たされる素材ってないのかしら」
スッキリするなら新しい靴を作ってくれるのか。
「金属じゃなくてもいいんなら、トレント材を使ったらダメなの? アレって頑丈だし軽いだろ。地球のバイクだと油を燃やして力を得る方式だから、熱のことも考慮して金属の車体が推奨されていたけど、ドリルエンジンならばあまり熱はでないでしょ」
工業品ではなく、工芸品みたいなバイクになりそうだけど。
「いいわね!それ試してみたいわ!トレント材って──」
「もう在庫ないよ」
「じゃあ今すぐ地下19階へ行くわよ!すぐに準備なさい!」
「俺はトレントなんて斬れないぞ?」
自分が使う近接武器はスレッジハンマーだ。
「じゃあ後の剣士は──あ、ミサキとロッコは?」
「ミサキは子供達と講習会で、ロッコは港湾ギルドの会合に行ってる」
「なら他のみんなでトレントを押さえ付けるから、その間にジュンペーがノコギリでゴリゴリやりなさいよ」
「そんな残酷なこと出来るかっ!」
魔物といえども鋸引き拷問みたいな真似は勘弁してほしい。
そんな会話をミーヤとしていると、後ろから声を掛けられた。
「剣士をお探しっスか?なら勇者である俺の出番っスね」
振り向くとそこには勇者バートが居た。
「そういえばアンタも剣士だったわね。そろそろカニ程度なら斬れるようになったのかしら?」
「アレから特訓もしましたからね!剣技スラッシュを使えばバッサリと斜め斬りにできるっスよ!」
剣士であることをアピールするためか、以前は『戦技』と言っていたスキル名が『剣技』に変わっている。
「斜め斬りじゃダメよ? 今回の相手は真横に斬ってほしいの」
「え、ええと、剣技スラッシュはどんな姿勢から放っても固定の軌道を描くスキルでして……」
「何よそれ!使えないわね!」
それを言わないであげてください。
本当の理由は分からないけど、バートの話を聞く限りでは、戦況に応じた立ち回りが全然できなくて元のパーティから追放されたっぽいので。
「あ、でもでも、敵を真横に切り裂くスキルもあるっスよ!」
「何でそれを先に言わないのよ!なんて技なの?」
「ペタスラッシュっていう範囲攻撃っス」
随分とぶっ飛ばしたネーミングだな。
「じゃあそれをバシバシ使ってもらうわ!」
「いえ、実はそうもいかなくて…」
「また?今度は何?どういう欠陥があるの?」
欠陥言うのはやめたげて。
「その、俺自身がめちゃくちゃ疲れるのと、一度使うと剣がボロボロになるっス……」
「ちょっとアンタが普段使ってる剣を見せなさい!」
バートはベルトから剣を外し、ミーヤに手渡した。
ミーヤは手渡された剣を鞘から抜くと、驚きの声を上げる。
「何よコレ!!アンタ今までこんな剣を使ってたの!?数打ちの剣より酷いわ!よくこれを使ってカニを斬れたわね。まだ木刀の方が斬れ味良いんじゃないかしら」
「今まであんまりお金を稼げなくて、故郷の村にあった剣をずっと使ってたっス……」
「コレを剣とは言わないわ。棒よ。金属の棒」
散々な言われ方だ。自分もその剣を手に取って見たくなった。
「コレを使ってカニを斬るって言うならアンタめちゃくちゃ凄いわよ。いいわ少し待ってなさい」
ミーヤはそう言うと、工房の奥にいたカジガエルに声を掛けた。
◇◇◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます