第39話 ドリルキング
「むむむむむ・・・」
年間講習スケジュール表の内容を確認するために、皆で二階の部屋に集合した。
この中で文字が読めるのはサングラスをかけた者とロッコだけだ。
「今から新しい言語を一から習得するのは少し躊躇われますねぇ」
そう溢したのは松下さんだ。
講習会の中でもすぐに役立ちそうなものとして先ずは「読み書き」が挙げられた。
全員ではなくとも、ロッコともう一人くらいは読み書きできるメンバーが居た方がいいんじゃないかという話になったとき、皆が腕を組んで唸ってしまった。言語習得の難しさを知っているからだ。
「読み書きなら私が受講します」
そう名乗りを上げたのはオサートちゃん。
確かに彼女にはこれからも読み書きを活かせる場面が多く訪れるだろう。
「じゃあお願いできるかな」
「わかりました」
こうして当パーティ二人目の読み書きスキル担当者が決定した。
◇◇◇◇◇
なおも腕組みをしてウンウン唸っている面々が多数。
「この『要ギルド登録』ってのは簡単に登録できるものなんですかねえ?」
奥田がそう疑問を感じたものは、講習会の中でも専門性と秘匿性を持った講習に限って、予め該当するギルドへの登録が受講条件として定められているものだった。
例えば『算術』の講習を受講するには商業ギルドへの登録が必須となる。
また『魔道具作成』の講習会でも同じように、魔道具ギルドへの登録が必要となっている。
これら追加の必須条件のある講習会にこそ興味を惹かれるものが多くあり、その登録の難易度がわからない我々を悩ませていた。
「『迷宮に潜ってこい』より危険な登録条件はないとは思いますが『見習いとしての実務経験が3年以上ないとギルド登録できない』なんてものも中には有りそうですよね」
そう推測したのは松下さんだった。
「まあみんな難しく考えなくてもいいよ。別に強制ではないんだし、何かしら今後役に立ちそうだな、楽しそうだなと思ったら参加するくらいの感じでいいから」
だがここで、彼一人だけがハッキリと受講を宣言した。
「私はこのお料理講習を必ず受講する」
この明瞭な宣言をしたのはルシティ。
彼の料理への想いは本物だ。
「料理は週一で開催されてるみたいだね。受講料なんかはパーティの共有金から出るので、後で持ってってね」
「うむ心得た」
◇◇◇◇◇
「だー!やっぱり気になる講習は追加条件必須ってのが多すぎますよー!」
奥田が後ろへ倒れこみながらそう言った。
「俺は一度魔道具屋のお婆さんに、魔道具ギルドの登録について聞いてみることにしたよ。奥田はどんなギルド登録が必要な講習に目をつけてるんだ?」
「え?えっと・・・一番気になってるやつですか・・・」
なぜか奥田は言い淀んでいる。
「それなら特定のギルドへの登録は必須条件ではなくて・・・」
「?」
「領主の許可が必要なやつでして・・・」
「え?なにを受講しようとしてるんだ?」
「えっと・・・、娼館経営法」
「おまっ!!拠点を本当の娼館にするつもりか!」
「そそそそそんなつもりはないんです。ただ、あの地域の理解を深めておこうかな?的な?」
「頼むから新拠点で営業するのはやめてくれよ」
「それは勿論」
今少しだけ目を逸らしたな?本当に大丈夫だろうか。
「チヒロさん、私たちが娼館で働くことになるんですか?」
オサートちゃんが松下さんにそう質問してしまった。
「奥田さん、ちょっとこちらへ来てもらえますか」
松下さんは奥田の腕を掴かみ、部屋の外へと引きずっていった。
「ま、まあオサートちゃんが娼館で働くようなことはないから安心してね」
代わりにフォローしておいた。
◇◇◇◇◇
翌朝、冒険者ギルドの前で新拠点関係者の全員が集まった。
奥田、稲葉姉弟、松下さん、オサートちゃんは一旦娼館へと行き、個室に設置されているベッドのサイズを測定してから寝具店へ向かい、布団などの注文及び搬入することをお願いした。
あとの男性陣はリオが今まで住んでいた冒険者ギルドの女子寮へと赴き、リオの荷物を運び出す役を担うこととなった。
「奥田、俺たちの布団も買っておいてくれ」
「え?俺たちのって事は、私と俺とで一緒のベッドで寝るって決めたんですか?」
「そうじゃない、俺やロッコ、ルシティ、リオの分だ」
「ああ、勘違いしました。了解です」
「んじゃみんな、後でまた会おう」
そういって二組に分かれ、引っ越し作業に取り掛かった。
◇◇◇◇◇
「これを手で持ち上げて運んでいくのはさすがにしんどくないか?」
「ごめんごめん。急な引越しになったから荷物が綺麗にまとめれていないのよ」
リオが手を合わせて拝むように謝罪してくる。
女子寮に着いた我々は、寮の入り口ホールに積まれたリオの荷物を前に、どう娼館まで運ぼうか悩んでいた。
寮での生活ならさほどの荷物にならないだろうという考えは間違いだったと気付く。
予定では、荷物を四人で分けて手で持って運べばいいもんだと考えていたが、もしそうすると娼館と寮とを何往復させられるかわからない。
「じゃあギルドの受付で荷車を借りてきてくれないかな?私は部屋に残したままの荷物を運び出してるから」
「了解した」
「じゃあ荷車はあっしとルシティで借りてきやすよ。旦那は玄関ホールに積まれた荷物をこの辺りまで運び出しといてほしいっす。そうすりゃ後で素早く積み込めますから」
「わかった。荷車の件よろしくたのむ」
そうしてロッコとルシティは冒険者ギルドへ荷車を借りに行った。
「さて」
リオの荷物は多岐に渡った。
鏡台やらローテーブルなどの家具に加え、細かな雑貨も大量に置かれている。
荷物をまとめる時間がなかったとのことだが、本当に「取り敢えずここに持ってきた」だけの状態のものも多い。
それら細々したものを適当な箱にどんどんと詰め込んでいる。
この箱よく見ると迷宮の宝箱だ。本当に持ち出せるんだな、あの宝箱。
そんな作業を入り口ホールで黙々とこなしていると、後ろから何者かに声をかけられた。
「ちょっと貴方よろしくて?」
一度周りを見渡してから振り向いた。
「はい。私でしょうか?」
振り向いた先にいたのは、赤い髪の縦ロールを頭から何本もぶら下げ、ゴージャスな出立ちをした、つり目がちな美しい女性だった。
腰に手を当てた立ち姿はエレガントかつ、何か少し怒ってるような様子だ。
「そう貴方。貴方はここで何をなさっているのかしら?」
そこでやっと気付いた。ここは女子寮の入り口ホールだ。
そんな場所に男が立ち入って荷物を漁っていたら不審者に見えるに違いない。
「誤解させてしまって申し訳ございません。私は今、友人のエント=リオに頼まれて、引っ越しの手伝いをしているところです」
不審者だと思わせてしまったことを反省した。
「誤解?それじゃ貴方が水暁の橋のメンバーなのね?」
おや?我々のことを知っているのか?
もしかして寮でリオに嫌がらせをしている女ってのがこの人なんだろうか。
寮では顔を合わさなくなるだろうが、職場ではこれからも顔を合わせることになるんだから、ここで対応を間違えたらリオに迷惑が掛かってしまう。さてどう切り抜けようか。
「はい、私は水暁の橋所属のジュンペーと申します」
無難に返して相手の出方を見ることにした。
「じゃあリオさんが言ってた人物って貴方のことなのね」
むむ?何か俺たちのことを聞かされているのだろうか?リオが贔屓にしているから俺たちのことも気に食わない?
いやー、全然わからない。さっさと会話を切り上げた方がいいか?
「彼女がどのような話をしていたかは存じませんが、友人として頼まれたので引っ越しの手伝いをしている次第です。そろそろ作業に戻ってもよろしいですか?」
「あらごめんなさい。邪魔しちゃったわね。最後に聞きたいのだけどリオさんは貴方たちの拠点に引っ越すのかしら?」
「はい、ここの荷物を今から私たちの拠点へ・・・あ、ヤベ」
迂闊だった。この女はリオの引っ越し先を探っていたのか!
「ふーん、リオさんの引っ越し先は貴方たちの拠点なのね」
どうしよう。娼館にペンキぶっかけられたりダンプカー突っ込ませたりしてきちゃうのか!?
「わかったわ、ありがとう。じゃあそうね、私もそこに住むわ」
「は?」
何言ってるの?この赤き紅蓮のドリルヘアーは。
リオの引っ越し先についてきてまで嫌がらせを行いたいの?こわっ!!なにその恨み。
本当はリオって何かとんでもなく酷いことをこの人にしちゃったんじゃないの?」
その時ホールの奥から、大量の荷物を抱えたリオが走り込んできた。
「ちょいちょいちょいちょい!!何勝手なこと言ってんのアプラ!ジュンペーさん達に迷惑かけんな!!」
「あらリオさんご機嫌よう。貴女は昔から片付けが出来ないままねぇ」
ん?なんか妙にフレンドリーな会話に聞こえるな?このアプラと呼ばれた女はリオの敵じゃないのか?
「リオさん、こちらのアプラさんってのはその」
こいつは敵ですか?とは聞けなくて途中で口篭ってしまった。
するとリオが話し始めた。
「ごめん。実は今回の引っ越しなんだけど、このアプラも少しだけ関係しててね、もっと後になってから話すつもりだったけど、今から説明するから聞いてもらえないかな?」
「お、おう聞こうか」
なんだか長くなりそうだな?
◇◇◇◇◇
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