第40話 関西弁

 今回のリオの急な引っ越しは、嫌がらせから遠ざかろうとした事以外にも理由があるらしい。


 リオは元々冒険者パーティに所属しており、この街の迷宮探索を生業としていた。

 しかしある時、幼馴染のアプラがこの街へとやってきて、冒険者ギルドの職員として働き出した事を耳にする。


 噂の収集や聞き込みを行った結果、どうやらアプラは実家にいられなくなるような事情に巻き込まれ、単身この街で働くことになったそうだ。


 しかしアプラは元々それなりの身分を有する家庭で育ったらしく、ギルドで働く際にも人を見下すような事はしないにせよ、その貴族的な物言いや所作を一切矯正しようとはしなかった。


 そうなると否応にもギルド職員の中で目立つこととなり、初めはちょっとした嫌味を言われる程度のものだったが、日を追うごとに段々と行為は激化していき、それはもう嫌がらせの度を超えたものとなった。


 冒険者としてギルドに顔を出していたリオが、受付カウンターの中でアプラが嫌がらせを受けている様子をたまたま目撃してしまい激怒。


 その日の仕事を終えてギルドから出てきたアプラを捕縛して尋問をするも、アプラ本人は「あの程度の嫌がらせは気にするな」と言う。

 なぜそうまでしてあの職場に居続けるのかを問うと「冒険者ギルドは実入りが良いので辞めたくない。自分の夢を叶えるためにもお金が必要だ」といった理由を聞かされた。


 その理由を聞いてしまっては無理矢理にギルドを辞めさせるわけにはいかないと思い、リオは自らも冒険者ギルドの職員になることを決意する。


 冒険者パーティの脱退を決めたリオは、新しいパーティメンバーへの引き継ぎ作業を行いつつも、ギルド職員採用試験の勉強に励んだ。


 努力が実を結び、晴れて冒険者ギルド職員採用試験に合格したリオは冒険者パーティを抜け、ギルド職員となってアプラを嫌がらせから守ろうとしたが、今度はアプラだけではなくリオも嫌がらせの対象となってしまった。

 

 そして嫌がらせはギルド内だけではなく、女子寮の中でも行われていたことを、職員となったリオは初めて知った。


 どうしても冒険者ギルド職員を辞めようとしないアプラを、少しでも嫌がらせから遠ざけるために女子寮からの引っ越しを思いつく。


 丁度そのタイミングで新進気鋭の若き冒険者パーティが新拠点を求めてリオに相談してくれたためコレを利用することにした。


 ギルドの陰険女性職員だけではなく、凡そ一般的な女性があまり近づきたがらない業種が集まる街の近くにあり、個室も多数有した優良物件を、かの新進気鋭パーティに紹介をして、自らもその拠点で世話になりながら自分の有用性をアピール。

 信頼が築けたと判断できた時点でアプラもここに住んでもらおうと、そう画策していた。


 しかし今日になっていきなり引っ越しを始めたリオの行動にアプラは大混乱。

 せめて引っ越し先だけでも知りたいと思ってジュンペーに声をかけた。

 そしてその引っ越し先が、最近リオから聞いていた遣り手パーティの新拠点と聞いてアプラは考える。


 今更リオと離れてあの陰険女どもと過ごすのは辛すぎる。ならばいっそリオの部屋に転がり込もうと思い、先の提案を口にしたのだった。


◇◇◇◇◇


「ながいッスね」


 いつの間にか後ろにいたロッコが思わず言ってしまった。


「なっ!!でもいずれ知られる事だったから・・・」


 ロッコに気づいて一瞬驚くリオ。


「まあ大体の事情は分かった。だからアプラさんも今からうちの拠点に引っ越すといい」


「いきなり決めちゃっていいの?アプラとは初対面でしょ?」


 リオが心配そうに聞いてくる。


「いいよ別に。部屋もいっぱいあるし。リオさんが職を変えてまで守ろうとした相手なら信頼もできる。アプラさんも今から部屋の荷物全部持ってきて。もし寮の部屋まで男の俺たちが入ってもいいなら、荷物の運び出しを手伝うからさ」


「あ、は、はい」


 アプラさんが混乱している。おそらくはリオが今までアプラさんに対して何をして何を考えていたか今初めて知ってしまったのだろう。


「アプラさんもリオに対して色々話がしたいでしょ?引っ越しを終えてからいくらでもすればいいよ」


 そういって引っ越し作業を急かした。


◇◇◇◇◇


 娼館への引っ越しが大体済んだ。


 この建物をアプラさんに紹介した瞬間「この外道!リオさんにそんな副業を強いるとは何たる所業か!」と怒鳴られてしまったが、すぐにリオが誤解を解いてくれた。


 一階の食堂スペースが広くなっていた。

 元々酒場として稼働していた部分と、飲食をせずに行為だけを求めて来店した客用に部屋が分けられていたらしい。

 その二つの部屋を隔てていたパーテーションを取り除いたら食堂が一気に広くなり、壁際には隠されていたバーカウンターも発見され、見た目は更にガッツリとショーパブになってしまった。


 今後は捨てるなりするかもしれないが、酒場スペースには四人掛けのテーブル席が5卓、二人掛けのテーブル席が4卓あり、バーカウンターには椅子が8脚設置されている。


 普通に酒場だ。


 マヨネーズ料理と蒸留酒で異世界無双をする準備が整ってしまった。


「この酒場を稼働させればマヨネーズで・・・」


 隣で奥田が同じようなことを考えている。


 物置から引っ張り出してきたテーブルクロスを2卓分だけ敷いてあり、その上にはオサートちゃんとルシティが買ってきた料理が並んでいる。

 食器なども全て残されていたので大助かりだ。


「では水暁の橋、新拠点への引っ越しを祝して」


「「「「乾杯!!」」」」


◇◇◇◇◇


 ロッコからの乾杯の音頭で宴会が始まった。

 今日は酒も出ているが、子供達には飲まないように言いつけてある。


「で、アプラさんは何をするために冒険者ギルドに齧り付いてるんですか?」


 少し気になっていたことをアプラに質問してみた。


「アプラで宜しくてよ。実は既に先ほどの話の中でお察しかもしれませんが、わたくしの実家は廃爵された貴族家でして、その家を再び取り戻すために多大な貢献をしようとしているだけですわ」


「それが冒険者ギルド職員を辞めない理由?」


 なんか繋がってないな?


「いえ、職員である事は直接は関係ないのですが、わたくしが考える多大なる貢献とは、魔道工学を用いて今まで誰も作り得なかった発明品を世に送り出す事ですわ!その為にも、様々な魔法発動体が行き来する冒険者ギルドは都合がいいのです」


「なるほど、職員の給料は二の次で、魔物や迷宮から得られる材料へのコネを持つことが理由なんですね」


「その通りです」


 確かに自力で迷宮に潜る以外では、ギルド職員の立場というものは、魔道具の材料を得るのにうってつけの職場かもしれない。


「一つ気になったんですが、魔道工学って魔道具製作とは違うんですか?」


「大まかには一緒と言えるでしょうが、そうですね、少し説明しましょう。少々お待ちを」


 そう言ってアプラは自室から紙とペンを持ってきた。


「例えばジュンペー様は冒険者なので水の湧く水筒をお持ちでしょうか?」


「俺もジュンペーでいいよ。で、水筒は持ってるよ」


 アプラは紙に水筒の絵を描き入れた。


「この水筒を稼働させると水が出ますよね?これがこの魔法発動体の効果で、水筒の魔道具の全てです」


 水が流れてる絵を追加した。


「ですが魔道工学とは、この水筒から出た水を用いて、例えば水が流れた先に水車があるとすれば、その水車を回すことができます。こういった副次的な効果を用いて事をなすことの研究が魔法工学なのです」


 水車を描き入れ、その先に小麦粉の袋も追加された。


「なるほど、それでいうなら、火の魔道具を用いてお湯を沸かし、その蒸気の力でタービンを回して仕事をさせれば、それも魔法工学が成したと言えるんですね?」


「・・・・・」


「先輩はかなり迂闊だと思いますよ」


 奥田がジト目で指摘する。


「特に美人や女の子に対しては相当迂闊ですよ」


 奥田がトドメを刺してきた。


「・・・・・ごめんなさい」


◇◇◇◇◇


 今回はお酒が入っていたことを理由に、奥田からの許しをもらった。次同じような失言をしたらアレです。と釘を刺された。アレってなんだろうか。怖い。


 そしてなし崩し的ではあるが、リオとアプラの二人に対して我々の境遇を大まかに伝えた。


「今日は黒い眼鏡の危険性について話しをするつもりだったのに、それ以上に危険な事実があって混乱する」


 リオはそう言った。


 一方でアプラは真顔だ。何を思ったのかは表情から読み取れない。


「とまあそんな感じで、俺たちは自分たちの生まれた世界へ帰るために、迷宮をはじめとしたこの世界の知識を集めているところだったんだよ。もし冒険者ギルドで帰還に繋がるような情報を掴んだら是非教えてくれ。もちろん報酬は支払う」


「わかった。協力するわ」


 そう言ってくれたのはリオ。

 アプラはまだ帰ってきてない。


「アプラ?」


 いい加減心配になったので声を掛ける。


「ええ、うん。何か向こうの世界のものって見せてくれたりできるかしら?」


「んー、そうだなあ?」


 そういって鞄からスマホを取り出し、撮影されていた動画を再生してアプラに見せた。


「「!!!!!!!!」」


 スマホにはコンビニ前にいた猫を撮影した時の動画が流れている。


 そして再生が終わると、スマホから顔を上げたアプラが涙を流しはじめた。


「ううううう、これが、これが震源。これだから震源ですのね・・・うう・・・真の震源とはこれほどとは・・・う、うあああああ」


「ちょちょちょちょ!アプラ!大丈夫!?」


 アプラが号泣したので急いで声を掛ける。


「ううう申し訳ございません、ううう、暫く時間をください・・・ああああああ」


 大変なことになってきた。

 そしてロッコ達も口を開いた。


「あっしも初めて見せてもらいやしたが、コレは凄すぎるっすねえ・・・」


「料理を作っているところはみれないだろうか?」


「地面の色が変でしたね?」


「はぁ・・・」


 リオに至ってはため息をついている。


「ジュンペー、今から時間を使ってルールを決めましょうか。このままでは貴方達が危険に晒されるわ」


 真面目な顔をしたリオがそう提案してきた。


◇◇◇◇◇

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