第30話 鈍器ホーテ
「なんかイメージする中世の港と違うんですが」
奥田が言わんとしていることは分かる。
おそらく彼女がイメージしていたのは大航海時代の港の様子だろう。
キャラックやキャラベルと言われるような帆船が浮かんでいるのを想像していたのだろうが、目の前にある船はどれもシンプルで平たい木造船だ。
「あー、湖だから喫水を深く取れないのか」
地球の大航海時代に使われていたような帆船は、外洋を航海するために作られたため帆は高く喫水も深い。そして荷物をより多く積むために全体的にずんぐりとした形をしていた。
そんなイメージとは違い、ここで使われている船の帆は一様に低く、高さ5m程度のものが横並びで複数立ててあり、船の全長に対してやけに幅が広がっていて、地球の船とはかけ離れたデザインをしていた。
そして何より地球の船と違う点は。
「あの船、帆を畳んだまま自走してません?」
魔道具で動いているようだった。
船の最後部に箱のようなものが水中に向かって複数取り付けられており、おそらくあの箱が船の推進力を作り出しているのだろう。
「順風の時は帆を開いて、そうでない時や港湾内だと魔道具で動かしてる感じか」
「所変われば品変わるってやつですか」
「所が異世界だからね。品も変わりまくっちゃうよな」
喫水を浅くしなければならないため、荷物を多く詰めなくなり、その代わりに船の横幅を広げて貨物スペースを作り、複数の魔道具を並列で取り付けて何とかする感じだ。効率いいのかな?
「こういうのが見られると異世界って感じで良いですよね」
「次はドラゴンか獣人かなあ」
しばらく異世界の船を二人で眺めた後、震源遺物さんを探す時に乗るであろう、対岸の街ローマルへの客船乗り場を探しておくことにした。
◇◇◇◇◇
「アレなんですかね?」
奥田が言う方向を見ると、一人の男性に対して二十人近い人達が何やら強い口調で言い寄っているのが見えた。
「ですからすぐには無理なんです」
「俺たちはもう依頼を受けちまってんだぞ!」
「従業員に迷惑がかかるんですよ!」
「いつになったら動くんだ!!」
近づいて聞き耳を立てると、どうやらここが我々の探していたローマル行き定期船乗り場らしく、その定期船が何らかの原因で欠航になっている様子だ。
そして詰め寄っている人は船に乗る予定だったお客さんで、言い寄られているのは定期船乗り場の係員といった感じらしい。
「なんか、人身事故や天候不順で電車が止まった時の絵面に似てますね・・・」
「見ていて心臓にくるものがある」
「駅員さんは悪くないでしょう」
「駅員ではないと思うな」
更にそのまま話を聞いていると、船に積まれた魔道具が故障して定期船が出せなくなっている事が分かった。そして駅員さんは「すぐには直せないからお前らどっか行け」と言い、お客さんは「なんとかしろ」と言う押し問答が続いている。
「遅延証明と振替輸送で対応をするしか」
「流石にそんなの無いだろうに」
日本の電車遅延時のギスギスした空気を思い出し、少し気が滅入ってしまったため、若干昼には早いが食事をとって気分転換することにした。
◇◇◇◇◇
定期船乗り場から程近い場所にある、オープンテラス付きのレストランに入った。
注文を済ませて料理を待っている間、他愛もない話で時間を潰している。
「鈍器が良いですって。ウォーハンマーとかモルゲンステルンとか」
「そんなの絶対に嵩張るじゃん。杖だけでいいよ」
「そろそろゴーレムとか亀の魔物が出てくるんですよ?」
ゴーレムはともかく、亀を倒すのきついかもなあ・・・。
奥田から鈍器の必要性を語られていると、ふいに横から声をかけられた。
「おや?港湾エリアには用もないのに近づいてはいけないって言わなかったかい?」
「用があったから近づいたんですが・・・」
話しかけてきたのはセ、魔道具屋のお婆さんだった。
「あらそうかい。そりゃあ邪魔しちゃったね」
そういうとお婆さんはいつものようにカラカラと笑った。
するとレストランの奥から膨よかな男性が現れ、お婆さんへと駆け寄り話しかけた。
「何とかお願いしますよ。お客さんも大勢待たせてしまっているんです!」
「直してあげたいのは山々なんだけどねぇ、あの壊れ方じゃ今ある材料じゃ全然足りな、ん?」
突然お婆さんが会話を止めて、自身の顎に手を当て考え込んだ。
「ジュンペーよ、冒険者ギルドの登録依頼は終えたかい?」
いきなりこちらに話しかけてきた。
「え?あ、はい。昨日終わらせましたよ」
そう答えると、お婆さんは満足そうに頷き、続いて膨よかな男性に話しかける。
「商会長さん、ちょいと修理できる当てができたので、商館の方で待っててくれるかい?後で連絡を入れるよ」
「ほ、本当ですか!じゃあ行って待ってます!ぜひよろしくお願いします!」
そう言うと商会長と呼ばれた膨よかな男性はレストランから出ていった。
「さて」
お婆さんが自分たちのいるテーブル席に座った。
「お前たち、今から迷宮へ行って指定するものを取ってきておくれ」
休日出勤は嫌だ。
「いや唐突すぎますよ。しかも私たちは昨日登録を終えたばかりの迷宮ど素人ですよ?」
「取ってきてほしいものは魔法発動体なんだけどね、道中に大量の魔物が出るって話だし、その魔法発動体を落とす魔物自体も相当に厄介と聞いている」
何故か話を続けられる。
「今から冒険者ギルドに依頼をかけても、並のパーティじゃ辿り着けないし人数も足りない。共同依頼としてお願いしても頭数が揃うまでに時間がかかる。そこでお前たちだ。どうせ登録達成記念とかいって今日は休みにしてあるんだろ?」
なんでそんなことまで読めるんだろう。
「確かに私たちはすぐに動けるかもしれませんが、先ほども言った通り、昨日登録を終わらせたばかりの新人なんですよ」
するとお婆さんは目を細め、鋭い顔つきで声をひそめた。
「お前が売った6枚の絵と太陽鏡、あれは震源遺物だね?」
「!!!!!」
突然のその言葉に心臓が縮み上がる。
「そして翻訳魔道具を人数分。お前たちただの年若い冒険者じゃないんだろう?」
んー、これは参った。どうやらお婆さんは全部に察しが付いているようだ。
そう言えば隣の国の震源遺物さんのために用意しようとした翻訳機もお婆さんの店に注文したって話だったな。
「えーっと、仮にこの話を断るようなことをしたら我々のことを・・・」
キッとおばあさんに睨みつけられる。
「みくびるんじゃないよ。この依頼を受けようが受けまいがお前たちのことを誰かに吹聴するような事はしないさ」
確かに口は固そうだ。
「わかりました。依頼は受けます。先ほどの商会長さんってのはローマルへの定期船を運営してる方ですよね?私たちも近く利用する予定だったので船が直ってくれないと困りますから」
「ほう?この街を去るのかい?」
「いえ違います。ちょっと対岸の街に用ができただけでして」
「それならばちょうど良かったね。今からお前たちは仲間を集合させるんだろ?ギルドには私が今から行って依頼をかける。目的地への地図なんかもすぐに用意させよう。報酬は弾ませてもらう。どうせあの商会長が払うだろうからね」
ケラケラとお婆さんは笑う。
「ではご期待に添えるよう微力を尽くします」
そう言ってレストランを立ち去・・・・らずに料理を全部食べてから宿に戻った。
◇◇◇◇◇
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