第31話 ただしイケメンに限る

 宿に戻ると皆が食堂で昼食を摂っていた。

 今日もオサートちゃんは松下さんの着せ替え人形にされたらしく、白く袖の短いシャツの上から緑色のショートサロペットを着せられている。

 その見た目は「枝豆の妖精」にソックリだった。


 語尾に「なのだ」を付けてほしい。


「食事を続けてもらったままでいいので聞いてほしい」


 そう話し始め、先ほどの港であった出来事を皆に伝えた。


「私たちでその魔法発動体が手に入る場所まで辿り着けるのでしょうか?」


 松下さんは心配する。


「いや大丈夫でしょう。もしこのパーティでも辿り着けないような場所なら、そんな魔法発動体は今まで誰も手に入れれていないと思いやすよ」


「んー、にわかには信じられないけど、王子がそう言うならそうなのかもなぁ」


「王子じゃないっす」


「では、松下さんとオサートちゃんは携帯食料の補充をお願いします」


「わかりました」


「はい」


「ロッコと稲葉姉弟は先にギルドへ行って、依頼の確認と地図の受け取り。それから道中に現れるであろう魔物の確認と、ギルドの資料室でその魔物の生態もチェックしといて」


「了解っす」


「わかりました」


「了解!」


「俺とミサキは医薬品の補充を担当するよ。あとはギルドで合流しましょう」


◇◇◇◇◇


 奥田を連れ立って医薬品店へと向かっている。


「さっきミサキって言いましたよね」


「ごめん、素で間違えた」


「いいんですよ。ミサキって言いましたよね」


「素で間違えたんだよ」


「いいんですよ」


 そんなやり取りを延々と繰り返しながら、傷薬と包帯等を買い足し、冒険者ギルドへ向かった。


◇◇◇◇◇


 合流した皆で打ち合わせを行なっている。


「ほーら、やっぱりゴーレム出てくるじゃないですか」


 今回の目的地は地下10階の地底湖だ。

その地底湖に住む大蛇の牙が、求められている魔法発動体だそうだ。

 大蛇の牙のうち2本は筒状になっており、その穴に液体を流し込むと非常に強力な圧力を伴って出口側の穴へと噴き出すらしい。魔道具へ加工せずとも強い水流を発生させれるようだが、魔道具技師が適切な加工を行うと、より強力かつ制御しやすい水流となるそうだ。


 そして地下10階。未だ地下2階までしか行ったことのない我々には未知の領域だ。

 地下10階までの道中には、いままで見たことのない魔物も多く、地下8階以降に現れるゴーレムの身体は極めて頑丈で、剣と魔法で戦うにはとても相性が悪いらしい。


「で、俺がこれを使うの?ロッコじゃダメなん?」


「今のあっしは小型のバックラーとは言え、このパーティで唯一の盾持ちっすからねえ」


 目の前に置かれた武器は、両手で扱うために柄が長く作られたスレッジハンマーだ。

 解体工事に用いられるような見た目をしており、普段は選り好みしない自分から見ても少しカッコ悪い。

 この武器は昔ロッコが使っていたらしいのだが、ソロで活動するには取り回しが悪かったため、現在のショートソード+バックラーのスタイルへと変えたそうだ。


「みんなは大剣背負ったり、杖構えたり、手裏剣投げたりしてるのに、俺はハンマーなの?」


「大丈夫ですって!頭部に当てれば気絶も狙えますって!」


 奥田がモンハンっぽい理由でハンマーを推してくる。

 そんなハンマー協議をしているところに話しかけてくる男が現れた。


「やあ隼人くん、早速迷宮行きの打ち合わせかい?」


「あ、先生!こんにちは!」


 隼人くんに話しかけてきた男。

 その男の背は高く、ウェーブのかかった金髪を後ろで縛り、前髪が少しだけ顔の前に垂れている。タレ目がちで微笑を浮かべるその姿を飾らずに表現するなら「エロいイケメン」だ。

 一方的な偏見ではあるが、同性が危機感を抱くタイプのイケメンだ。


「初めまして、みなさんこんにちは。私は今朝の斥候職講師をしていたオリッズと申します」


「初めまして。冒険者パーティ水暁の橋に所属しているジュンペーと申します。話は隼人から聞いております。いろいろ教えていただいたそうで、本当にありがとうございます」


 このエロイケメンは、ギルドの斥候講習会で講師を務めている凄腕の斥候らしい。


 午前の自由時間中に隼人くんは斥候職の講習を受けるためギルドへ行ってたそうだ。

 隼人くんの話によると、その講習内容は初日ということもあって広く浅いものだったそうで、必殺技ようなかっこいい技の練習はお預けだったらしい。

 しかし自分の知らなかった色々な手段や考え方を数多く教えてもらい、大変に満足のいくものだったそうだ。

 特に印象的だった教えに「宝箱の罠が特定できない場合には、無理に解除しようとするのではなく、遠くから大きめの石でもぶつけて無理に罠を作動させてしまえ。たまに中身がぶっ壊れることもあるが気にするな。宝や報酬は後からでも付いてくる。怪我や死を避けることを最優先に考えろ」という話だそうだ。


 オリッズさんからの教えは大いに賛同できていたが、実際に見た彼はエロいイケメンだった。


 そう、エロいイケメンなのだ。

 勝手に警戒しちゃっている自分を少し情けなく思う。

 だって彼エロいイケメンだもん。


 その後オリッズは隼人くんと二、三会話をして去っていった。


「凄くエロいイケメンでしたね・・・」


 奥田と語彙がダダ被りしたことにショックを受けた。


◇◇◇◇◇


 現在我々は迷宮の地下3階にて、パーティ結成以来最大の危機に見舞われていた。


「いいいいいい!!無理無理無理無理無理!」


「こっちきたー!!ああああああ!!」


「ううううううう」


 地下3階に現れる魔物「でかいムカデ」の姿をみて阿鼻叫喚だ。


「あれってムカデじゃなくゲジゲジじゃないですか?」


 葵ちゃんだけが冷静に名前の誤りを指摘しているが、他の日本組はそれどころではない。


「いいいいいいどっちでも無理いいいいい」


「ひいいいいいい!!」


「先輩!ハンマー!!ハンマーで頭をグチャってして!!!」


「無理無理無理無理!!奥田こそ大剣でズバっとやってよ!!」


「さっきはミサキって呼んでくれたのに!!」


「無理無理!!今そういうの無理だから!」


 全長1mを超す多足類は視界に入るだけでこちらにダメージを与えてくる。

 ガード不能の範囲攻撃を際限なく連射してくるその凶悪さは修正パッチ待ったなしだ。


「ロッコぉぉぉ!何とかしてー!!!」


「話しかけたり挨拶しなくて良いんですか?」


「あんなのが喋るわけないからー!仲良くなんてできねえからー!!」


「そう言った先入観が後になって取り払えない差別に繋がっていくってこないだダンナが言ってやしたよね?」


「そういうのいいから!今そういうのいいから!はやく!!」


「へいへい・・・」


 10匹程いたでかいムカデをロッコがショートソードで始末していく。

 その全てが討伐されたのをみて、息も絶え絶えになったメンバーがその場にしゃがみ込んだ。


「ドロップアイテムどうしやす?」


「え?そいつ何落とすの?」


「肉です。ゴブリンの腰蓑よりは高く売れやすぜ?」


「に、肉?」


「ええ、たまにギルド食堂」


「まってまってまって、それ以上はいい、いいから、うん、置いていこう。まだ先は長い」


「わかりやした、でもこの肉って結構」


「いいから!」


◇◇◇◇◇


 現在地下4階へ続く階段を降りている。

 長い螺旋階段を踏みしめながらロッコに声をかけた。


「先に虫が出る階層だけ教えといてもらえる?」


「わかりやした。ただこの先はそんなに出ないはずですぜ?」


「違う。それは違う。『そんなに出ない』かもしれないけど、出る可能性があるなら教えといて」


「ええと5階に出る狼型の魔物と一緒に蛾の魔物がたまに付いてくることがあるっすよ」


「ふむ、蛾か」


 別に虫が大の苦手ということはない。

 たまに台所でアイツを見かけたとしても、ビクっとはするけど退治はできる。

 ただ迷宮でみかける虫は違う。単にデカすぎるのだ。

 その節々がはっきりと確認でき、なにを探っているのかよくわからない触覚がワサワサしてる気色悪さは実際に見てみないとわからないだろう。


「翅を広げると2mくらいある蛾です」


「いやいやいやいや、無理でしょ、もう引き返してお婆さんにゴメンしようぜ」


「大丈夫。たまにしか出てこないそうなんで大丈夫ですって」


「虫でたら通路で待ってるからね?」


◇◇◇◇◇


 5階までやってきた。

 先ほどのでかいムカデ以降とくに問題はない。


「敵が複数きます。数は4」


 口調まで忍者に寄せ始めた隼人くんがカッコつけながら報告してくれた。


 通路の先から現れたのはファンタジーの定番オークだ。

 それを見て少しばかり奥田のテンションが上がったのを感じる。


 「くっ!」


 「『くっ』じゃねえよ。大体女騎士でもないし」


 オークは通路に広がり臨戦態勢をとる。

 このままではなし崩し的に戦闘へと移行してしまうと思い、皆の前にへと飛び出して叫んだ。


「こんにちはー!皆さんはこの辺りにお住まいなんですかー?」


 その挨拶を皮切りにオークが武器を振りかぶって駆けてくる。


「これは敵だな」


「当たり前でしょうよ!」


 ロッコからのツッコミが聞こえたと同時に左端にいたオークの顔面が爆ぜる。

 葵ちゃんの火球によるものだ。


 続いて右端のオークの喉に隼人くんが投げたナイフが突き刺さる。


 すでに駆け出していた松下さんがオークの間近まで到達し、相手が棍棒を振り下ろすよりも早く、グレイブを胸に突き立てた。


 最後に残ったオークが奥田と対峙する。

 渾身の力を込めて振り下ろされた棍棒を横へと避け、その回避した時の勢いで身体を一回転させると、手に持った大剣でオークを真っ二つに切り裂いた。


「完勝っすね」


 挨拶とツッコミしかしてない俺とロッコ、松下さんの活躍をキラキラした目で見つめていたオサートちゃんの三人で皆の元へと駆け寄る。


 奥田は大剣の先でオークの腰蓑をめくり、中を確認している。


「こ、これは、ふむなるほど」


「ふむなるほどじゃねえよ、みんな怪我とか大丈夫かー?」


「はい、問題ありません」


 皆の無事を確認してからロッコに尋ねる。


「オークって魔石の他に何かドロップする?」


「そこに落ちてる棍棒がたまに魔導繊維の性質を持ってることがありやすよ。あとオークが複数現れた場所ではよく宝箱がみつかりやすぜ」


 ロッコがしゃがんで落ちてる棍棒に触れるが、どうやらこの棍棒はダメそうだった。

 そして先行していた隼人くんから声が掛かる。


「箱あるよー」


 おお!宝箱だ!!異世界ファンタジーだ!!


◇◇◇◇◇

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