第66話 ドリルキング2
鍋を設置するもの、カニと戦うもの、瀕死にしたカニを水面へと放るもの、野菜の下処理をするもの、大ウナギを仕留めるもの。
26名ものメンバーがそれぞれの仕事をこなしている。
「あの新素材でボートを作れば地底湖を渡れるんじゃないですか?」
「地底湖に進出することはできるだろうけど、結局ウナギに襲われんか?」
「あー、ウナギが居たんでしたね」
未だに地底湖の向こう側が気にはなっているが、なかなかいい手段が思いつかないでいた。
「いつか言ってた未踏破の場所ってここだったのね」
リオがそう確認してきた。
「そうなんだよ。ロマン溢れるだろ?」
「確かに面白そうね」
「何かいい案がないか考えておいてよ」
「そうですね、考えてみます」
湖面を凍らすとか、空を飛ぶとか…。
「ルシティなら変身して渡れそうだね」
「私一人で渡っても寂しいではないか」
確かに一人だけ渡れてもなあ。
「ワシが空飛ぶ乗り物で運んだるさかい、もう少し待っててや」
「頼むぞフロガエル」
飛んで渡るのも一つの案だろうけど、完成までに時間が掛かりそうだよなあ。
「石で埋める!」
「素早く泳ぐ!」
「天井にぶら下がる!」
子供達も案を出してくれている。
天井は悪くないかも。
寸胴鍋は3つ設置してあり、すでに野菜類は投入されている。
カニと言えば土鍋のイメージはあるが、屋外かつ多人数での調理ならばこの炊き出しスタイルの方が良いだろう。
「ふむ、ではそろそろカニを入れようか」
ルシティの合図の元、全ての鍋にカニが投下されていく。
近くではブルーシートが敷かれ、その上で子供たちが転がり回っているのが見える。
屋外で靴を脱ぐと少し楽しく感じるのは何故だろうか。
「では器を持ってこちらへ取りにきてくれたまえ」
ついにカニ鍋が完成したようだ。
皆がラーメンの丼並みに大きな取り皿を持って列をなしている。
ルシティ、奥田、リダイが大きなオタマを持って装ってくれており、現時点での一番人気はリダイの鍋だ。
リダイが担当してくれている鍋にはトマトが入っており、カニ鍋というよりはブイヤベースに近い。
これの味が一番気になる。
「えー、では皆さん。急な開催にも拘らず、はるばる地下10階までお付き合い下さいましてありがとうございます。これより水暁の橋並びに美咲会による第一回屋外鍋パーティを始めたいと思います。乾杯!」
「「「かんぱーい」」」
まずは早速メインのカニにかぶりつく。
人間の腕ほどの太さをしたカニ身は、それだけで満腹になりそうなほどのボリュームがある。
トマトベースということもあり、味に予測がつかなかったが、トマトの酸味とカニの旨味が適度に混ざりあっていて実に美味い。
一緒に入っていたキノコの歯応えも面白くてどんどん箸がすすむ。
少し先ではロッコがワインを飲んでおり、あまりにも美味しそうにそれ飲んでいるので子供達が興味を持ってしまっている。
子供に飲すんじゃないぞ?
松下さんが飲んでいるのは日本酒、ではなく糊酒か。
そういえばこの街には米があるんだったな。
日々の食事に全く不満がないので率先して探してはいなかったが、暇があったら探してみるのもいいな。だって鍋の後の雑炊が出来るから。
◇◇◇◇◇
カニを堪能しきった者たちがウナギ獲りに戻った。
カニを囮にすることで短時間にウナギを捕まえることができるこの方法は開示した方が良いのだろうか。ウナギ筒って数が集まらないみたいだし。
近くにいたリオに尋ねてみた。
「あのカニを水に投げ込んでウナギを獲る方法ってギルドに教えてあげた方がいいものなの?」
「あれはここのパーティが見つけた技法なんだし黙っててたほうがいいわよ。確かにウナギ筒が多く出回れば街は潤うだろうけど、まずは方法を見つけた人が満足いくまで儲ける方が先だわ」
「そういうもんかね」
「だってそうじゃなきゃこんな命を賭けてまでやる仕事の旨みが全然ないじゃない」
リオに言われて思い出したが、魔物討伐や迷宮探索って命懸けの行為だったな。
どれもあっさりと倒せてしまうものだから危険に対しての警戒心が薄まっていたようだ。
大怪我をする前に思い出せてよかった。
今後はもう少し防御と安全性を伸ばしていこう。
あとは迷宮に潜らずともよい仕事の比重を高めてもいいな。
◇◇◇◇◇
皆の頑張りもあって、比較的短時間で規定数のウナギ筒を確保することが出来た。
ただ今後は自分たちも舟を使った商売をする事が決定しているので、ウナギ獲りはそのまま続行することにした。
しかし既に安全な漁法が確立されたウナギ狩りを繰り返していると、人間とは困ったもので段々と飽きてきてしまうのだ。
そこで気分転換も兼ねて、食べる予定のないウナギやナマズの肉をロープに括り付けたものを、水へと沈め、何か面白いものが釣れないかなと試してみることにした。
「デカいヤゴとか釣れたりして」
「ちょっと!虫は勘弁ですよ!」
奥田はそう言う。
自分も巨大な虫は苦手だが、いい加減ウナギも見飽きたので、何か珍しいものでも掛かってくれないか期待をしている。
「水生昆虫って肉食ばかりだからなあ」
「虫以外にもいますよね?」
「後なんだろう?ヒル?ドジョウ?ライギョ?タニシ?」
そんな話をしていたら、手元のロープがゆっくりと水の中へ引きずられていくのが見えた。
「あ、なんか釣れたか?」
この仕掛けは釣り針などは付けていないため、力任せに引っ張り上げても餌が持っていかれるだけの結果になる。
したがってロープを掴んでゆっくりと手繰り寄せていく。
「何が釣れたんです?」
「いや分かんないけど魚じゃなさそうだな」
「虫が見えたらすぐに手を離してくださいよ?」
尚もロープを手繰り寄せていると、水中にいる獲物の姿がぼんやりと見えはじめた。
「あれ?これカニじゃね?」
「なんだ。あのカニってちゃんと水中でも活動してるんですね」
先ほどまで食べていたカニは、人が近づくと水辺から陸に上がって襲いかかってくるので、あまり水の深い場所には潜っていないものだと考えていた。
「陸まで引き上げたらカニを倒して、他のポイントに移動しようか」
「そうしましょう」
一向にエサから離れる様子がないため、カニを陸まで引き揚げることに成功した。
「ん?これカニじゃないわ」
「ザリガニ?」
陸に打ち上げられたものは体長1m以上はある巨大なザリガニだった。
縦に割れた口からロープは伸びており、口の左右についた熊手のような部分を使って今もなおロープを飲み込み続けている。
「拡大されると結構グロいですね」
「これ怖いね。さっさと倒しちゃおう」
その言葉を聞いた奥田は、大剣を振りかぶってザリガニを真っ二つにしようと近づくが、何かを察して突然後ろへと飛び退いた。
「ちょ!あぶな!」
奥田がいた場所にはザリガニのハサミが突き刺さっている。
しかもそのハサミは高速回転をしており、地面を抉り取っていた。
「ど、ドリルだ!」
「ちょ!かっこいい!」
固いはずの迷宮の地面に易々と穴を穿つドリルには、途轍もない威力が秘められていることが窺える。
「燃やす?」
「いえ大丈夫です」
そういうと奥田は素早く相手の側面へと回り込み、大剣の切先をザリガニの頭部に向かって真っ直ぐ突き入れた。
即座に大剣から手を離し、ザリガニから距離を取る。
ザリガニはハサミを振り上げて暴れ回り、それから暫くして地面に倒れ伏した。
「どう?」
「大丈夫? かな?」
断定をしてくれない奥田の言葉で不安になりながらもゆっくりとザリガニへと近づき、ハサミの回転が止まっているの確認したうえで、杖の先でザリガニをつついた。
「んーーー?死んでるな?」
「よーーしよし」
こちらのことに気づいた皆んなが駆け寄ってくる。
「それなんすか?カニの亜種?」
「ふむ、それは食べれるものなのか?」
「これは穿孔ガニですよ。この迷宮では今まで確認されておりません」
アプラがこの魔物の名前を知っていた。
「食べれるの?」
「い、いえ、申し訳ございません。可食かまでは存じておりません」
「茹でちまえば大体食えるっすよ」
「ロッコが毒見してくれるって」
既に片付けが済んでいた鍋を再び持ち出して、実際に茹でてみることになった。
適当に殻を剥き、剥き身となった状態で茹でてみる。
ハサミの部分はドリルを再現できないか研究するため、少し離れたところでミーヤたちが検分を行なっている。
「ほう、見た目的には食べられそうではあるな、どれ」
茹で上がったザリガニをルシティがヒョイと摘み上げてそのまま口に入れた。
「ほうこれは……」
毒耐性の高そうなルシティが初めに食べてくれた。
「人間に対して有害なものは含まれていないな。先ほど食べたカニとは食感も味も全く違う。味自体は濃いものではないが、十分な旨味を感じられる。トマトやニンニクなどの味の濃い食材とともに調理すれば美味そうだ。魔素も十分に含まれている」
「え?魔素って食べることで感じられるものなの?」
「あっしは分かりやせんぜ?ルシティだけじゃないっすかね?」
ロッコは分からないらしい。
「私は感じれる」
「私もわかります」
「私は全然」
「僕も分からないな」
魔素感じれる派とそうでない派が混在しているようだ。
「ええっと?つまり人間には感じられないってこと?」
「そうみたいですね」
「よかったー。『食べて魔素が感じられないなんて、貴方魔法の才能がありませんのね』とかそういうのじゃなくて」
「その手の判断って今更じゃないですか?」
「まあ確かに」
どうやら守護霊組や魔物組は、魔物を食べることで魔素を感じられるようだ。
ちなみにエイナーザも感じられるらしい。
さすエイ。
結局ザリガニは残すことなくみんなの腹に収まった。
「市場に並んでないものを手に入れるためにも、定期的に此処へは足を運ばねばならぬな」
「金策にもなるしね」
今後は訓練と食材調達のために、手の空いた人は此処への往復をすることが週間予定表に組み込まれた。
「あ、回った」
ザリガニドリルを弄っていたミーヤの声が耳に届いた。
◇◇◇◇◇
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