第57話 お悩み相談窓口
朝、目を覚ましてダイニングへと降りていくと、既に皆が集まっていた。
子供達がリバーシを囲んで遊んでいるのをみて思わず顔がニヤける。今日はいい日だ。
隣の席でもロッコと奥田がリバーシを遊んでいるのをみて、これは相当なブームを呼び起こしてしまったなと自負する。
ん?隣の席でもリバーシだと?
昨日リバーシは1つしか作っていないぞ?
急いで奥田たちの手元を確認すると、確かに昨日作ったリバーシだ。
石やゲーム板が多少歪んでいる特徴からも、自分が作ったものであると確信できる。
ならば今子供達が遊んでいるリバーシは何だ?
リバーシを観戦していたオサートちゃんの頭の上から顔を出し、子供達の遊んでいるリバーシを確認する。
「なっ!」
子供達が遊んでいるリバーシは自分が作ったものではない!!
石(駒)は石材で作られており、自分の作った木製の石とは材料からして全く違う!
白い面は大理石と思われる乳白色の石材が用いられており、それは淡く輝き、遥か古代から語りかけられるような優しい風合いをしている。
それと対をなす黒い面は一体何でできているのすら自分には分からない。
深い海の底のような黒色が鏡のように磨かれており、自分の作ったベタベタとインクを塗っただけのお粗末な黒色とは比べるのも烏滸がましい。
黒というよりは闇、そんな表現が似合う真なる黒だった。
ゲーム板の表面には柔らかくも丈夫そうな萌葱色の布が貼られており、余計な音を吸収してゲームにより没頭できるような配慮が為されている。
更にそのゲーム版を支えるフレームは繊細な彫刻が所狭しと刻まれており、四方向をぐるっと巡ると一つの物語になるよう作られた一種の絵巻物となっていた。
いったい何なんだこれは!こんなものは既に単なるボードゲームなどではない!!これは世界だ!リバーシの形をした一つの世界だ!!
子供達がその重要文化財のようなリバーシで遊んでいる様子を愕然とした表情で眺めていると、視界の隅に何かが映った。
(はっ!)
ミーヤだ………。
ミーヤがこちらをみている。
「!!!!!」
そうか!あのリバーシはミーヤが作ったのか!
ミーヤが顔を醜く歪めて笑っている。
こちらをみて笑っている!!!
「う、うわああああ!!!」
逃げた。逃げだした。
何が皆の役に立つだ。何がブーム巻き起こしただ。何が今日はいい日だ。
恥ずかしい、悔しい、悲しい。そして情けない。
ただがむしゃらに走った。ここではない何処かへと行きたい!そして目の前に開けた場所へと飛び込んだ!
「ジュンペーではないか。おはよう。あと少しで魚が焼けるのでな。ダイニングで待っておれ」
「ミーヤが虐めてくる!」
「ふはは、また何ぞあったのか。まあよい。ここで朝食を食べて元気を出すがいい」
◇◇◇◇◇
ルシティの作ってくれた焼き鮭定食を食べたらようやく落ち着くことができた。
「ルシティありがとう。美味しくてほんとに元気出た」
「ふふふ、そうか」
ルシティにお礼を言ってダイニングに戻った。
彼は本当に優しいな。
そもそもあんな超常の存在と張り合うことが間違っていた。もっと自分の得意なことで役に立とう。そうだ、そうしよう!
自分の得意なこと……?
まてまて、無いわけじゃないんだ。ちょっと今だけは調子が悪くて自分の得意なことが思い出せなくなっているだけだ。
よし、出かけよう。一旦出かけよう。少し歩けば思い出せる。きっとそうだ。
昨日は一人で出掛けて叱られたので誰か同行者を連れて行かねば。
奥田とエイナーザは楽器作り。
葵ちゃんも楽器作りの手伝い。
隼人くんは斥候職の講習会。
リオは冒険者ギルドの仕事。
アプラは今日休みだけど、スピーカーの開発の手伝い。
松下さんは、オサートちゃんと子供達を連れて読み書きの講習会。
ロッコは税金関係の講習会。
ルシティはお料理教室。
「ん?」
視界の先で紅茶を飲んでいるネスエちゃんと目が合う。
「ネスエちゃん、今から暇?」
「え?まあ予定はないけど。何です?あとネスエって呼び捨てでいいです」
「ああ、わかったよ。ええと一緒に出掛けないかい?」
「どこへいくの?」
「き、決まってない」
「じゃあ何のために出掛けるの?」
「自分探し………」
「ふふ、行きます」
「え?あ、ああ、ありがとう」
今のは絶対に断られる流れだと思ったけど、何故か同行してくれるみたいだ。
◇◇◇◇◇
あてもなく大通りの中央交差点付近を二人でブラブラと歩いている。
この辺りには飲食店や雑貨店、商館や衣料品店など、実に様々なお店が軒を並べていた。
「ネスエは入りたいお店とかある?」
せっかく着いてきてくれたネスエに尋ねてみる。
「じゃあそこの服が一杯ぶら下がっているところに入りたい」
ネスエが指を指したのは衣料品店だった。
元より黒いゴスロリ風の服を着ているネスエはおしゃれに興味があるのだろう。
自分もこの街に来てからは外套以外の服を買っていないので、なにか気にいるものがあったら購入してみよう。
「いらっしゃいませ」
店に入ると男性の店員さんが迎えてくれた。
「中を見せてもらうよ」
「はいどうぞ。ご興味のあるものがございましたらお気軽にお申し付けください」
店員にそう言われ、早速店内を見渡してみると、日本にあるような服屋とは全く様子が異なっていることに気付く。
店内の床には殆ど物が置かれてはおらず、売り物である服が全て天井から吊るされていた。
この世界の服はそれなりに高価なので、盗難対策のためにこのような展示が為されているのだろう。
下から見上げるように服を眺め、気になるものがあったら店員に下ろしてもらって手に取るようだ。
元いた世界では服屋の店員に話しかけられるのすら好きじゃなかったのに、ここで服を買うには必ず店員に話しかけなくてはならないので、買い物のハードルはかなり高く感じる。
コミュ障は完全にお断りだ。
「なんか気になるやつとかある?」
「私が今着ているような服の替えが欲しかったのですが、同じようなものは見当たりませんね」
「その服はなんか特別そうだもんなあ」
売られている服を眺めるも、ネスエが着ているようなものは一切見当たらず、いわゆる中世の町娘っぽい身体の前で紐で縛って着る服が多く吊るされている。
多少は男性向けの服も見かけるが、自分の趣味にあったものは見つけることができなかった。
「じゃあシャツと下着だけ買ってきます。少し待ってて下さい」
ネスエはそういうと店員の元へと歩いて行ったので、自分は店の前にあったベンチで待つことにした。
◇
「お待たせしました」
ネスエが両手で荷物を抱えながら出てきた。
「俺のバッグに荷物を入れるといいよ」
そういってネスエの荷物を背嚢に詰めた。
「よし、んじゃ次の場所へ行ってみようか。特に決めてないけど」
「わかりました」
◇◇◇◇◇
再びあてもなく付近を散策していると、通り沿いに大聖堂とみられる大きな建物を見つけた。
大聖堂の前はちょっとした公園になっており、散歩をするご年配の方や、大道芸を披露するもの、露店で買いものをする人などが見られ、この街の憩いの場所となっているのが見てとれた。
「これ聖歌教の教会?聖堂かな」
「寄ってみましょう」
「おー、そうしよう」
ネスエは結構行動派だな。
◇
大聖堂の入り口は開け放たれており、教会関係者や市民などが自由に出入りをしていた。
「そういや聖歌教に関して少しデリケートな立ち位置なんだよな、俺たち」
「エイナーザやミサキが居ないから大丈夫でしょ」
「まあそうだね」
大聖堂の中には薄暗く、静謐な空気で満たされていた。
思わず見上げてしまうほど天井は高く、建物の細部にまで美しい装飾がなされている。
中央を避ける形で長椅子が何列も並べられており、そこに座って祈りを捧げている市民も見られた。
聖堂の最奥部には巨大なパイプオルガンと思われる楽器が据え付けられており、そのすぐ前には羽根を生やした女神像が鎮座していた。
「見覚えのある彫像がありますね」
「ほ、ほんとだね………」
「魔物を踏み潰してる場面を彫像にした方がもっと似るような気がする。ふふふ」
「そういう事はここで言っちゃダメ」
せっかくこんなところまで来たのだから、少しだけでも寄付しておこうかと思ったのだが、賽銭箱のようなものが何処にも見当たらなかったため、近くにいた教会関係者を捕まえて尋ねてみると、その彼は聖堂の奥から箱を持って戻ってきた。
恥を偲んで皆はいくらくらい入れるものかを質問すると「お気持ちで」と一番判断に困る返しをされてしまい、硬貨袋に手を突っ込んで適当に摘み上げた100輪硬貨を入れたら少しだけビックリされた。入れた自分もビックリした。
牧師?神父?いずれかの彼が離れて行くのを見送ってから、近くの長椅子に腰掛けて、周りで祈っている人の動きを真似しながら、自分も同じように祈りを捧げた。
(女神様、どうか私の悩みを聞いて下さい…)
(あ、はい?ああジュンペーさんですか?悩み?あー、ちょっと今、ミサキと一緒に板を切り出してて手が離せないんですよ)
(…………)
(そういえばジュンペーさんのノコギリを勝手に借りてます。また後で掛け直してもらっていいですか?)
(あ、はい)
(じゃあまた後でー)
(…………)
「ネスエ、ここの宗教はダメだ」
「何を突然。どういけないんです?」
「祈りが届きすぎる」
「信者は大喜びでしょうそれ」
「人による」
◇◇◇◇◇
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