第58話 ステラ

 聖堂の外へ出てネスエに話しかける。


「他者や神に頼っていてはダメだ」

「いきなりどうしたんです?」

「さっき聖堂で祈ったら答えがみつかった」

「祈りが届いたんですか?」

「届いたと言えば届いたのかな………」

「?」


 神に祈ってみたら返信があるような世界だ。何かに行き詰まっても神頼みすらできない。

 だったらもっと何事も気楽に行くべきだ!

 そうじゃないと潰れてしまう。


 そんな答えに辿り着いた。


「よし、お昼を食べに娼館に戻ろう」

「自分探しの自分はもう見つかったんですか?」

「そんなものどーでもよくなった!」

「ふふ、なら解決ですね」



 大聖堂前の露店でいくつかお土産を買って娼館へと戻った。




◇◇◇◇◇



 昼食を摂り終えネスエの淹れてくれた紅茶を飲んでいると、二階からエイナーザ達が降りてきた。

 

「ジュンペーさん、先程の連絡って」

「あー、いや、あれは解決したんだ。忙しい時に連絡してしまって申し訳ない」

「そうでしたか、またいつでもお声がけください」

「あ、ああ、ありがとう」


 さっきのことを思い返すと何だか小っ恥ずかしい。


「そういえばミーヤって暫くは楽器作りに掛かりっきりになる?」


 ミーヤに話しかけた。


「そうね、そうなるかも。ただミサキ達が楽器作りをしていない時には手が空いてるわよ?アタシになんか作ってもらいたいわけ?」


「実はな、さっきまで街の服屋を見てきたんだが、ネスエが今着ているような服が売ってなかったんだよ。もし手が空いていたら型紙?を作ってもらえないかと思ってな」


 先日、子供達の制服をフルオーダーする際にミーヤの力を借りたと聞いたのでお願いしてみた。


「それくらい良いわよ!あの板で写真?なんかを見せてくれたらすぐにでもできるわ。材料があるなら型紙じゃなく服を作ってもいいわ!」


「じゃあ布やレースを用意すればいいんだな。わかったお願いするよ。報酬とかどうしたらいい?」


 守護霊だからってタダ働きなんて絶対にダメだ。


「私たちはお金を使う事ができないから、服を作るための布を用意する時に多めに集めてもらえるかしら?余った布を報酬ってことにするわ!」


「よしわかった。もし望みの布があるなら早めに言ってくれ。ところでミーヤってカラクリ細工好きだよな?」


 彼女が喜びそうなものが手元にあることを思い出した。


「いろんな仕掛けや技術を見るのは凄く好きよ!昨日の『水鉄砲』ってのも面白かったわね!」


「水鉄砲なんかよりもっと複雑なものなんだけど、それを作れないかなと思って」


「なによそれ!設計図とかあるのかしら?写真?早く見せてみなさいよ!」


「わかった、ちょっと待っててくれ。部屋から持ってくる」


 そういって一旦席を外し、自室から現物を持ってきた。


「これなんだけど」


 テーブルの上に「リール」と「ロッド」を置いた。


「これは俺の趣味で使う釣り道具なんだが、別の世界から持ってきたものだから、外へと持ち出し辛いんだ。だからこの世界の素材で再現できないかと思ってね」


 ミーヤがそれを見た瞬間、物凄い速度でリールへと張り付き、ギラギラとした目つきで見分し始めた。


「これバラしてもいい?」


「構わんよ」


 それを聞いて一瞬でバラバラにされるリール。

 一応は大体の構造を覚えているので元には戻せると思うが…。

 そんなことを考えていたら、今度は一瞬で元の形へと戻された。


「すごい速度だな」


 もうミーヤの耳には何も聞こえていないようだった。


「へー、この歯車が。なるほど。で、こっちのを動かして、はー。ここに力が加わると空転するように、へー」


 完全に一人の世界に入り込んでしまっているようだった。

 いくら話しかけても一向に戻ってきてくれなくなったので、ネスエにお願いして紅茶のおかわりを貰った。


 ミーヤがなかなか帰ってこないのでエイナーザ達も苦笑いを浮かべる。


 それから20分ほど経ってようやくミーヤが戻ってきた。


「これはホントに凄いカラクリだわ!!!」


「そうだろう?シマノは偉大なんだ」


「シマノ?」


「いやすまん、それは気にしなくていい。で、再現は出来そうか?」


「すべての材料が揃っていたとしても私一人ではかなり時間が掛かるわね!」


 あれほど部品数の多い物を再現してもらうのは流石に厳しいか。


「だから人手を増やしなさい!私をここに宿した魔法を使えばいいのよ!」


 リーヤは自分の胸元に手を当てている。


「できる?」


 そう奥田に尋ねる。


「もうフィギュアが無いじゃないですか」

「確かに」


 するとミーヤが部屋の隅にある箱を指差した。


「あの中にある人形でいいじゃない!そうね、5人くらい連れてきなさい!どうせみんなも『リール』を見れば大喜びするわ!」


 その箱は寝具屋さんで譲ってもらったぬいぐるみが詰まっている箱だった。


「ぬいぐるみの手は物作りには向いてないんじゃないか?」


「別に私たちは指を使って物を持ち上げてはいないわ!」


 ミーヤは手で拳を作ったままリールの部品を持ち上げた。


「魔素か」


「あら、ジュンペーあなた詳しいわね!」


 まさかの正解だった。


「この館の守護霊はミーヤなんだろ?他の守護霊を探す場合は、人の家とかに入って行かなきゃダメなのか?」


「そうね、確かに私はこの館の守護霊とか妖精と呼ばれる存在だけど、何かしら特徴のある場所なら大体は守護霊が居るわ。例えば滝壺だったり火口だったり、お風呂場だったり、大聖堂だったり」


 大聖堂であの杖を使ったら大問題に発展しそうだ。


「昔はこの館のお風呂場にも居たんだけど、人が使わなくなった時にどっか行っちゃったわ」


「じゃあ水車小屋とか、そう言った場所で交霊の魔法を使えばいいんだな?」


「そうそう、水車小屋なんていいじゃない。ジュンペーは理解力が高くて素敵ね!好きよ!」


 突然褒められて何だか物凄く嬉しい。


「じゃあネスエとまた街の散策がてら適当な場所で交霊を使ってみるよ。今回は特例として杖の持ち出しは構わないよね?」


「見られないように気をつけて下さいね」


「聖歌教関係者に見られたら奥田を呼びに戻るよ」


「絶対に見つからないように」


 そう奥田に釘を刺された。


「そう言えば奥田に聞くの忘れてたけど、エイナーザさんから許可を得た奥田は、聖歌教のトップに立てるんだけど、乗っ取ったりする予定はある?」


「あるわけないじゃないですか!」


 即答だ。


「そんな事しても私たちには若干の利益があるかもしれませんが、教会関係者で不利益を被る人は数えきれないほど増えちゃいますよ。そんな事は望みません」


「まあそういうと思ってたよ」


「わかっていたなら……まぁ一応は聞きますかね」


「うん、一応聞いといた。じゃあ行ってくるよ」


「はい、気をつけて行ってらっしゃい」



 適当なぬいぐるみを背嚢に詰め込み、ネスエと二人で娼館を出た。


◇◇◇◇◇


「さて、さっき聞いた条件だと何処に行けば良いかなー?」


「他人に魔法を目撃されないとなると難しいですね」


「特徴のある場所かつ人目につきづらい。んー、適当にぶらついて見つけようか」


「そうですね」


 娼館拠点から出発し、そのまま道なりに歩いていくと、二人は本格的な色街の中へと辿り着いた。


「こんな所に女の子を連れてくるのは不味かったな」


「構いませんよ。私サキュバスですし」


 本人に言われるまですっかり忘れていた。


「やっぱり人から精力とか吸えるの?」


「もちろん出来ますし、それなりに欲求はあるんですが、誰よりも先にジュンペー達と行動を共にすることになったので、何が迷惑になるかは理解しています」


 確かに吸精しまくりは社会的にヤバそうだ。


「誰彼構わず吸精しては揉め事を引き寄せる事は明らかで、そんな揉め事は私としても望んでいません。ですのでそういった行為はしていません。ルシティの美味しいお料理でお腹は満たせますし」


「なるほどねー。もし吸精をしない事で何かしら身体に不調が出るようなら俺………俺だとマズいな。奥田にでも相談してみてくれ」


「わかりました。お気遣いありがとうございます」


 じゃあ今から精を吸わせて下さいとか言われたら大問題に発展しそうなので奥田を勧めておいた。


「あ、公衆浴場だ。あそこなら守護霊居るんじゃないか?」


「試してみましょう」


 公衆浴場の入り口まで辿り着き、建物の中を覗き込んでみたが番台さんは見つからない。

 色街の通りもまだ日が高いことから人通りもなく、いまなら交霊を目撃されることはなさそうだった。


「じゃあこの中から風呂屋に似合うぬいぐるみを選んでみて」


「責任重大ですね」


 ネスエもノリがいいな。



 そうしてネスエが選んだものは『カエル』のぬいぐるみだった。


「ネスエはセンスがいいな。これならきっと交霊も成功するよ」


「ふふふ。でしょ」


 人形を地面に置いて杖を構える。


「お風呂屋さんの守護霊よ!我が願いに応じ、この人形に宿りたまへ!」


 奥田の詠唱を完コピしてみた。


 すると地面に置いたカエルのぬいぐるみが、電気を流した時のようにビクビクと痙攣し始めた。


「ちょ、大丈夫か?」

「こわっ、失敗?」


 しばらくの間痙攣するカエルのぬいぐるみを眺めていると、やがて動きを止めてからその場で立ち上がった。


「お?おお?あんちゃんワシをこれに宿したんか?」


 カエルが喋った。


「ああそうだよ。少し頼みたい事があるから聞いてくれるかい?」


「おー、ゆうてみい」


 カエルに交霊を使った経緯を説明すると、二つ返事で了承してくれた。


「ええでええで。ほなこのまま他の守護霊を探しに行くんやろ?楽しそうやな。いこか」


 そういったカエルのぬいぐるみをネスエが後ろから持ち上げ、大事そうに胸の前に抱えた。


「可愛い」


「せやろ」


「せやろか?」


 こうして更なる守護霊を求めて歩き始めた。


◇◇◇◇◇

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