第59話 ここ数年で最高
風呂場ガエルを仲間にした以降、続く守護霊探しは予想以上に難航した。
それっぽい場所にはもれなく人目があるせいだ。
「人に見られてもいいから大聖堂の真ん中で交霊ぶっ放したい」
「やけになってはダメです」
「せやであんちゃん、やけはあかん」
「フロガエルくん、拠点に戻るまでは喋らないでもらえるかな」
カエルに嗜められながらも守護霊が居そうな場所を求めて歩き回ったが、これといって良さげな場所は一向に見つからず、気づいたら街の外れ近くまで歩いてきてしまっていた。
「だいぶ外れの方まで来ちゃったな。ぼちぼち引き返そうか」
「そうですね、なんか同じような建物しか見当たりませんし」
周囲には倉庫のような建物しか見当たらなくなり、そろそろ引き返そうかとしたその時、突然後ろから声をかけられた。
「その建物は全部酒蔵だよ」
声がした方を振り向くと、そこには酒樽を肩に担いだガタイのいい男が居た。
「ここいらは綺麗な水が多くあるので、昔から酒造りが盛んなんだよ」
「へー、この建物は酒蔵だったんですねー」
「よかったら中を見ていくかい?気に入ったものがあったら買っていってくれ」
「見学できるんですか?是非お願いします」
男に案内されて酒蔵の中へと入ると、建物の中には樽とアルコールの匂いが充満していた。
「ん??ワインじゃない?これ日本酒の匂いか?」
てっきり酒蔵にはワインが貯蔵されているもんだと思っていたが、匂ってきた香りは間違いなく日本酒のものだった。
「ニホンシュ?ここではワインは作ってなくてな、糊麦から作る糊酒ってのを作ってるんだ。糊麦はまあ普通のやつはまず目にしないだろうな。水に漬けるとやたらとベタベタする麦なんだ」
水に漬けるとベタベタする麦とは米のことだろうか。糊酒か。そりゃあこの世界に日本はないから日本酒とは呼ばないだろうな。
「試飲ってできますか?」
「おお、それならついさっき開けた今年に売りに出すやつがあるから是非試してみてくれないか。ただここには無いから少しだけ待っててくれ」
そういって男は何処かへ行ってしまった。
「今が好機ですよ!」
「おお、交霊か!よし、ぬいぐるみを選んでくれ」
「急いだほうがいいんじゃ?えっと、じゃあこれで」
ネスエが選んでくれたぬいぐるみはまたもや『カエル』のぬいぐるみだった。
「ちょっと姐さん!ワシとダダ被りやないですか」
「フロガエルは喋らないで」
そういうとネスエは胸に抱いたフロガエルをより強く締め付けた。
ネスエから受け取ったカエルのぬいぐるみを地面に置いて詠唱する。
「酒蔵の守護霊よ!我が願いに応じ、この人形に宿りたまへ!」
光がぬいぐるみへと吸い込まれていき、またもや痙攣するかようにビクビクと蠢いた。
「えらい気色悪い動きしよるなぁ」
「フロガエルも全く同じ動きだったよ」
「え、うそん?」
しばらくしてカエルが起き上がる。
「あーーー、呼んだ?」
「初めまして守護霊さん。少しお願いがあるんだけど…」
フロガエルにした時と同じ話を水色ガエルにも聞いてもらった。
「わかった。ついてくわ」
「ありがとう!助かるよ!」
その言葉を聞いた直後、ネスエの手がスッと伸びていきカエルを抱え上げた。
「この子も可愛い」
「せやな」
「色違いなだけじゃ?」
「そこがいい」
新しく加わったカエルに拠点へ戻るまでは喋らないようにお願いしていると、先ほど出ていった男が酒蔵へと戻ってきた。
「おー、すまんすまん。待たせたな。じゃあこれを飲んでみてくれ」
男から手渡された酒を一口飲んでみる。
「むむ!これは!」
「どうだ?」
「口をつけた瞬間に果実のような心地よい香りがふわりと広がり、後からはゆっくりと酸味と甘みが追いかけてきては溶けていく…。なんて優雅な味だろうか」
「それっぽい表現しましたね」
「にいさん語るねえ!」
何処かで聞いたことのあるような言葉を並べて格好をつけてはみたが、実際にこのお酒は美味しかった。
文明の進度的にも幾らか雑味が混ざっているかと予想していたがそんな事は全くなく、澄んだ日本酒の旨みだけを感じる事ができた。
「これはほんと美味しい。是非売って下さい」
「おお!それはありがたい!何本買っていく?」
「あれと同じだけって売ってもらえますか?」
指を刺した先には高さ60cmほどの酒樽が置いてある。
「そこまで気に入ってもらえたなら嬉しいよ!ここまでは運んでこれるが、にいさんの家まではどう運ぶ?」
「あの大きさなら多分持って動けるので大丈夫です」
魔素だよ。魔っ素ー。
「よーしわかった。すぐに持ってくる。値段は1300輪だが今あるかい?」
硬貨袋から1300輪を取り出して男に手渡す。
聖堂からエイナーザへの電話代100輪が今になって惜しく感じる。
今日の守護霊探しはこれで終えて、酒樽を抱えて娼館へと戻ることにした。
「ありがとー、またお酒を買いにくるよ!」
「おう、毎度ありー!」
◇◇◇◇◇
「で、これがそのお酒」
娼館へと持ち帰った酒樽を皆の目の前に置く。
「そしてこの二人がこれから手伝ってくれることになった守護霊のフロガエルとサケガエルさん。ミーヤ案内してやってくれ」
「今から二人にアンタの部屋でリールを見せるけど、勝手に入ってもいいわよね?」
「ああ構わない。よろしく頼むよ」
ミーヤが二匹のカエルを引き連れて二階へと上がっていった。
「先輩、この世界に日本酒があったんですか?」
「ここでは糊酒って呼ばれてるみたいだね。夕食の時にみんなで飲んでみよう」
そしてその日の夕食に出された料理はミートソースパスタだった。
あまり日本酒に合う料理ではないがこればっかりは仕方がない。なんの連絡も入れずに日本酒を持ち帰ってしまった自分のせいだ。
もしかするとエイナーザに電話すればよかったか?
「ふむ、透明なのに味わい深いなこの酒は」
「これほんとまんま日本酒じゃないですか」
「かなり酒精が強いっすね」
皆が糊酒の感想を口にしていると、二階からミーヤたちが降りてきた。
「あんちゃん、そのお酒ワシも飲んでみたかったんや」
何故かカエル達は腰にチャンピオンベルトを巻いている。
「ああ、いまグラスを用意するよ。普通のサイズだと大きすぎるだろ。ところでそのベルトは何?」
「ああこれか?これはミーヤ姐さんが作ってくれはった翻訳ベルトやな」
「そんなに材料残ってたっけ?」
その質問にアプラが答えてくれた。
「それは今から国に帰る冒険者パーティから安く買い取ったのですよ。自国に戻れば必要なくなりますからね。パーティに一つだけを残して売って下さいました」
「なるほど、中古でも機能は変わらないしな」
「今ではみんな手放せない装備になっていますからね、手に入る機会があれば都度交渉していますよ」
「それは助かる。ありがとう」
愚者の覚え書き自体がなかなか手に入らないからな。中古を狙うとは思いつかなかった。
「あとは私も皆さんみたいに見た目にも拘りたいですね」
そういわれて奥田の腕輪に目をやると、宝石のように黒く耀く腕輪に変わっていることに気づく。
「な!なにそれ!かっこいい!」
「ふふふ、気づくのが遅すぎませんか?このオニキス翻訳リングに!」
「な!!かっこいいいいい!!」
「真似しないでくださいよ?お揃いでつけてたら他の人に勘違いされちゃいますから」
「なんだよ勘違いって。まあでもカッコいい。こんど暇になったら俺も改造しよう」
「せいぜい苦労するがいい!ふははは!」
黒いものを身に纏ったことで、奥田の中にある厨二ソウルが表面にまで出てしまっているようだ。
ポーズまで決めてフハフハ言っている。
「ところであんちゃん、あの『リール』っちゅーやつは凄いもんやなー」
「再現できそう?」
「まあ任せときや。ミーヤ姐さん達と協力すれば何とかなるわ」
「よろしく頼むよ。じゃあフロガエルはどんな報酬を希望する?」
「ああ、ワシとサケガエルの報酬はもう決めてあるで」
二人合同ってことか。何が欲しいんだろう。
「飛行技術や」
「え?飛行技術?」
「あんちゃんの世界には空を飛ぶ機械が色々あったんやろ?その中でワシらにでも再現出来そうなやつをどれか教えてくれや」
「ほー、なるほど。ちょうどいいのがあるか考えてから伝えるよ」
「楽しみにしとるで」
守護霊達はたまにフワフワ浮いてるけど、それでも飛行技術を知りたいのか。
根っからのカラクリ好きって事なのかな。
◇◇◇◇◇
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