第63話 盗んだバイクで

 ロッコを送り出した後も倉庫では作業が続いていた。


 当初の予定としては、この後ミーヤ達と一緒に舟を見せてもらい、何らかの改造が行えないかの話し合いをしたかったのだが、そもそも舟運業自体の許可が得られるかが不透明となったため、舟の確認は後日行うことにした。


 ボスのいた元アジト内で奥田やミーヤ、ネスエ達とテーブルを囲み、倉庫建物をどのように運用していくかを話し合った。

 途中からトバガエルやフロガエル、小綺麗男も話し合いに加わり、様々な視点から運用方法を模索した。


 その結果、賭場を含む計6棟の倉庫は、賭場に使っていた建物を商会事務所、所謂『商館』へと改装し、アジトとして使われていた建物を従業員寮へと改装することに決定した。


 また一番港側に近い倉庫をレストランに改装することにし、他の倉庫は一通りの補修だけを行い、運用は保留とすることにした。


「小樽の赤煉瓦倉庫みたいな素敵な場所にしたいです!」


 奥田からそう提案がなされた。


「アレは人口と文明が揃ってこそだろう。人の移動が簡単じゃないこの世界でやっても、この街の人が立ち寄るだけになるぞ」


「じゃあ舟をジェット何とか?ええと水中翼船に改造して、他の街から超スピードで人を呼び込んだらどうでしょう?」


「ミサキその話詳しく聞かせてもらえるかしら」


 技術主任のミーヤが食いついた。

 一緒になってフロガエルとトバガエル、そしていつの間にか合流していたサケガエルまでもが前のめりになって奥田に催促をしている。


「私は水中翼船の存在は知ってるけど、構造とかはよく分からないわ。先輩わかります?」


 そう奥田に言われたので、紙とペンを用意して簡単な図を描いてみせた。


「ここの湖で使われている舟は、大体がウナギジェットを船尾に取り付けて、水を噴き出す時の勢いで舟を動かしてるだろ?実はそれだけだと船底全体が摩擦、粘性、造波抵抗を生み出してあまり速度が出ないんだ。だから水中に翼をこんな感じで取り付けてだな、抵抗自体を翼だけからしか発生させなくするんだよ。あとは翼の形で揚力を…」


「ちょっと待って!」


 急にミーヤに話を遮られた。


「抵抗、摩擦、揚力?ジュンペーは私たちの知らない力の理を知っているようね?まずはそこから全て説明してちょうだい!」


「それを説明するには少し長くなりそうだから、夕食の後に子供達も交えて簡単な『科学』の授業をするか」


「ありがとうジュンペー!!やはり貴方のことを私は愛しているわ!」


 ツンデレツインテールのデレの部分がドストレートに飛び出してきたな。


「お、おう。授業で使う教材も用意したいからあとで手伝ってくれ。あとこれは仕方がないことなんだが、舟運業そのものが始められるかどうか分からないので、もしかすると舟の改造する機会はなくなるかもしれない点は頭に入れといてくれ」


「そうね、わかったわ!ただ知識は舟にだけ利用されるものでもないんだから問題はないわ!」


 なにか科学の本でも一緒に飛ばされてきてたらもっと喜んでもらえたのにな。


◇◇◇◇◇


 今更だが小綺麗男の名前を知った。

 リダイという名前だそうだ。


 そのリダイが色々と指示を出しているので補修作業は滞ることなく順調に進んでいる。

 ただそろそろ手持ちの資材が尽きそうなので、何処かから買い入れなくては。


「ねえリダイ、倉庫の改築や補修に使う建築資材ってどこから仕入れればいいか知ってる?」


「木材は木工通りの一番奥で手に入りますが、石材や漆喰などはちょっと…」


 やっぱり知らないか。どうしようかな?

 そう考えていたらリダイが近くにいた元ヤクザに声をかけた。


「おい、ちょっとお前らこっちこい、今な建築資材の…」


 呼び出した部下に何かを指示している。

 その指示を受け取った二人は倉庫から出ていった。


「彼らは他の資材を売っている場所を知ってたの?」


「いえ違います。あいつらには商業ギルドに行ってもらい、購入可能な場所を調べてくるよう指示しました」


「あぁ、商業ギルドで尋ねればいいのか。じゃあ資材の購入場所が判明したら、あそこにいるミーヤに資材の必要数を聞いて、まだ使ってない倉庫に保管するように手配しておいて。あと、今後は部下相手であってもなるべく荒々しい言葉は控えるように」


「確かに。了解しました。ところであのミーヤさんというのは、あのように小さな種族なのですか?」


「え?妖精って知らない?」


「名前自体は知っていますが彼女がそうなんですか?」


「そうだよ。妖精って結構一般的に見かけるもんなんだよ?」


 そういうことにして浸透させておきたいな。


◇◇◇◇◇


 夜、夕食を食べ終え、予定していた簡単な授業をダイニングで行うことになった。

 何故か奥田や松下さんも聴講側にいて少しやりづらい。ドヤ顔で披露した知識が間違っていたら死にたくなってしまう。


 まずは摩擦の話から始め、テーブルの上に置いた一枚の皿を動かすための力と、皿を数枚重ねたものを動かすのに必要となる力が異なっている点を説明し、体験してもらった。


 体感として当たり前に認識している事象を、改めて言葉で説明されるとより深く理解することができるので、今後彼らが色々な発想や着想へと繋げていってほしい。



 抵抗の説明に関しては少し難儀した。

 特に空気抵抗については、自分が小学生だか中学生の時に説明された「走っている自動車の窓から手を出すと」という例えが使えなかったからだ。

 この世界では時速30km程度のスピードであっても体験する機会がほとんどない。


 特に空気というものは目に見えないため認識がしづらいのだ。

 ロッコがバイクを壊していなかったら簡単に説明できたのにな。




 その後も授業は続けられ、揚力の話をした時にフロガエル達が騒ぎ始めた。

 これを使えば飛行できるのではないかと言い出して、もう飛行技術の報酬なんていらないんじゃないかと思った。

 このまま放っておいても勝手に飛行機作っちゃうんじゃないか?




 ここまでの授業を終え、他にも「熱」や「光」「運動エネルギー」「音」などの授業も行った方が良さそうだなと感じた。

 抵抗にも摩擦や熱、運動が関わってくるため、全てを繋げて理解しないと発展しづらそうだ。



◇◇◇◇◇



 初めての授業が終わった後、ミーヤが露骨にくっついてくるようになった。

 くっつくどころか発情してるんじゃないかと思うほどべったりしてくる。

 ネスエに数値を測ってもらいたい。


「今日はもう終わりなのー?もっとお話聞かせてー」

「一気に詰め込んでも覚えきれないだろうから順番にだよ、順番」



「いやー、ああいった決まりに従って世界が出来てるんすねえ」

「ロッコがバイクを壊してなかったらもっと簡単に説明できなのに」

「なんも壊してないっすよ」


「後この世界には魔素があるから、さっきのルールを無視することができるので、魔素と科学を上手いこと合わせて考えた方がいいと思うよ」


「それこそが魔道工学ですね!わたくしも先程の授業をずっと聞いていたかったですわ!ジュンペーさんはリフオク大学の講師になるべきです!聴講生が押し寄せてくること間違いありませんわ!」


 アプラからも絶賛されてしまった。


「いやいや、あの程度のことは俺たちの世界じゃ12歳くらいの子供達全員が習ってるんだよ。それこそ奥田も全部知ってるよ」


「そんなことないですよ。私は時速60kmで走る車から手を出すと、女性のオッパイを揉んでいる柔らかさと一緒の感覚が得られるってことくらいしか覚えてませんよ。ちなみに私のオッパイとは全然感触が違いましたけど。 違いますよね?」


「俺に振るなよ」


「6から7になった」


「その数字の詳細教えろよ!」


 科学より性欲センサーの詳細の方が興味あるわ。


◇◇◇◇◇

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