第62話 更生
娼館拠点へと戻った一向を、留守番をしてくれた面々が迎えてくれた。
「おかえりなさい。ご無事で何よりです」
そう声をかけてくれたのはエイナーザ。
「ただいま戻りました。先ほどは急なお願いにも関わらずご対応いただき、誠にありがとうございました。本当に助かりました」
「いえいえあの程度のことでしたら何の手間でもありませんし。最近ではアレを使うこともありませんので」
「そういっていただけると助かります」
ルシティは帰って早々に厨房へと走っていった。獣人姉妹に料理を振る舞いたくてウズウズしていたそうだ。
その獣人姉妹を目の当たりにした松下さんが震えている。
「ああ、ああああ!!黒猫ちゃん姉妹!!!」
あっという間に松下さんの許容量は限界に達し、姉妹二人を同時に抱きしめている。
先に自己紹介でもしなさいよ。
帰ってきたみんなの様子を見て回り、体調不良や怪我がないかを確認していく。
特に今回は派手すぎることをしていた奥田のことは気掛かりだった。
「奥田大丈夫だったか?かなり精神的に負担の掛かりそうな立ち回りだったが」
「はい。特に問題はありません。あ、やっぱりありました。負担がありましたので今夜は一緒に寝てください」
こんな冗談が言えるようなら大丈夫だろう。
そう考えていると、後ろからネスエが近づいてきてボソッと言った。
「10と7」
いやだからその数字は何!どっちが10で、10だと何なの!
◇◇◇◇◇
ルシティの作ってくれた夕飯を皆で食べながら、順番に獣人姉妹へ自己紹介をしていく。
獣人姉妹の名前はミッツとエレンと言うそうで、猫人族という種族らしい。
双子の姉ミッツと妹のエレン。二人は今年で10歳になるそうだ。
ロッコの話によると、獣人はこの国では殆ど見かけることはなく、お隣のジナーガ王国では多少暮らしてはいるものの、それでもやはり数の少ない種族らしい。
ただ同じ大陸の遠い国には獣人ばかりが暮らす国もあるそうだ。
彼女達は故郷のジナーガ王国では行商をしていたため、特定の地域に留まることはなく、実家と呼べる場所はないそうだ。
我々も近々ジナーガ王国に行く予定があるので、彼女らも同行してもらうことにする。
向こうで姉妹の縁者がみつかるようなら、我々から事情を話して一緒に暮らしてもらえば良いし、見つからないようならここで皆と暮らしていけば良い。
そして彼女達には明日からは子供組に合流してもらい、他の子供達と同じような活動をしてもらうことに決まった。
◇◇◇◇◇
「あんちゃん結局守護霊みつからんままやない」
フロガエルが話しかけてきた。
「そうなんだよねえ。でも今日の大立ち回りのせいであの辺りに人気(ひとけ)がなくなる建物が増えるんじゃないかな」
「せやな!完全に人気(ひとけ)がのうなって守護霊がどっかいってまう前に交霊せなあかんな」
「私もいくよ」
ネスエも同行を申し出てくれた。
「では明日は第三回守護霊探索ツアーだ!」
「「おー!!」」
◇◇◇◇◇
翌朝一階で朝食を摂っていると、リオが血相を変えて飛び込んできた。
「ちょっとジュンペー!あんた達昨日何をしたの!」
「ああ、あー…」
リオの剣幕に押されつつ、昨日あったことを全て説明をした。
「ギャングを殲滅って……」
「まあ致し方なく」
「理由は聞いたから責めはしないけど、あんた達そのギャング共と何か約束した?」
そう言われて昨日のことを思い返してみたら、一番最後に『食うのに困って路頭に迷いそうならばすぐに冒険者ギルドのリオに連絡しろ』と言ったことを思い出した。
「あー!した!約束したわ!え?もう来たの?」
「そうなのよ、だからあんた達を急いで呼びに来たの」
「わかった。奥田も叩き起こしてすぐに行くよ」
「お願いね。ギルドで待ってるからすぐに来て」
リオはそう言って冒険者ギルドへと戻っていった。
そして奥田を起こしてから、出かける支度をしているとフロガエルとネスエも起きてきたので、四人で冒険者ギルドへと向かった。
◇◇◇◇◇
ギルドの食堂へ行くと、20名ほどのガラの悪い男達がお行儀よくテーブルに着いていた。
食堂へ入ってきた我々を目にすると全員が一斉に立ち上がり、こちらに向かって頭を下げてくる。
そのうちの何人かが、奥田の顔を見て顔を青くしていた。
「どうしたんだお前たち」
そう声をかけると、代表して小綺麗男が一歩前に出て説明してくれた。ちなみに顔は真っ青だ。
彼らはあの反社会的組織の中でも重犯罪には手を染めておらず、どちらかというと使いっ走りや人を脅す程度の犯罪しかしていなかったため、今朝の時点で釈放となったらしい。
「お前は重犯罪くらいしてただろ」
小綺麗男に向かってそう言った。
すると彼は、色々と指示する立場にはあったが、自らの手で犯した重犯罪はなく、他の軽犯罪メンバーと一緒に釈放されてきたらしい。
「殺人幇助とか犯罪教唆でちゃんとしょっぴかれろよ」
ただ本当に彼は重犯罪を幇助したり教唆することはなかったそうだ。
「何で釈放されたかの話はわかったが、それで此処には何しにきた」
この質問に対しても小綺麗男が答えてくれた。
彼の話によると此処にいる20数名の者達は元々、成人した後にこの街で働きはじめるも社会の波に上手く乗ることができず、職も金も失ってしまった者達らしい。
何もかもを失った状態であの反社会的組織に目をつけられ、言われるがままに組織に組み込まれ、犯罪に手を染めてしまったそうだ。
彼らは今回の組織壊滅を機に、一切の反社会的行為からは足を洗い、真っ当な職を得てお日様の下に戻りたいと願っている。
だから昨日の約束を頼ってこの冒険者ギルドまで来たそうだ。
「よしわかった。次の質問だ。今まであの犯罪組織が所有していて、現在も接収されていない建物や施設、設備や装備にどんなものが残っているかを教えてくれ」
これに関しても小綺麗男が説明してくれた。
あの組織の表向きの顔は、湖を渡る舟運会社だったらしい。真っ当な荷物を運ぶ他、ときに非合法な荷物を対岸の町ロマールとの間で行き来させていたそうだ。
そして荷物を保管・集積するための倉庫が5棟、賭場が1軒、中型船が3隻残っているとのこと。ちなみに舟運も賭場も無許可営業だった。
「よし大体わかった。取り敢えずの金をそこの男に渡しておくから、この食堂で腹一杯飯でも食べて待っていてくれ。色々準備してくる」
そういって小綺麗男に幾らかの金を渡して、一旦娼館拠点へと戻った。
◇◇◇◇◇
娼館へと戻ると、ミーヤとロッコに声を掛け、今日の予定を聞いた。
二人ともある程度は自由が利きそうだったので同行してもらうようお願いをする。
追加の二人を引き連れて再びギルドの食堂へとやってきた。
「紹介しよう。こちらが我々の仲間で法務と経理を担当しているロッコ=カミッド君だ」
「法務まで担当した覚えはないっすよ。ご紹介に預かりましたロッコです。どうぞよろしく」
「彼には今から、残った施設を確認してもらい、それらの施設を全て合法的に登録し、真っ当な商会として役場に届出をしてもらう」
「えええ、商会立ち上げとかやったことないっすよ」
「役場に行く段階でルシティに尋ねてみてくれ。こないだ飲食店の許可を貰いに行ってたから」
「わ、わかりやした」
「では早速、その建物や設備に案内してくれ」
◇◇◇◇◇
社会復帰候補生達に案内された建物は、昨日ボスを叩きのめした元倉庫と、その横に並んで建っていた倉庫4棟の計5棟だった。
「なるほどここか。ミーヤ、フロガエル、これらの建物ですぐにでも補修が必要な箇所はないか確認してもらえないか? もしありそうならここに残していく者達に指示を与えて補修作業をさせてやってくれ」
「わかったわ」
「あいよ」
「次に賭場に案内してもらいたいんだが、そこの君、君一人だけで案内してくれるかな? ほかの者達はいま補修箇所を確認してくれているミーヤとフロガエルから、この後指示があると思うので、その補修作業をしてくれ。 あとでまたここに戻ってくる」
そういって倉庫を後にした。
男が案内してくれた賭場は、元アジトのすぐ裏にあり、ここもまた元倉庫を賭場として改装した建物だった。
案内してくれた男を外で待たせ、仲間だけで賭場の中へと入っていく。
「さて、この賭場なら守護霊いるだろう!」
「ついに3人目だね」
「じゃあいつものようにぬいぐるみを選んでくれ」
「わかった」
今回ネスエが選んでくれたぬいぐるみは『カエル』だった。
「何でまたカエルなんだよ!」
「子供達に不人気なせいか、カエルが一番余ってて可哀想」
そんな理由があったとは。カエル可愛いのに。
受け取ったカエルを賭場の真ん中に置き、白魔法の杖を構えて詠唱する。
「賭場の守護霊よ!我が願いに応じ、この人形に宿りたまへ!」
今までと同じように、光が集まってカエルに吸い込まれていくと、電気を流したときのような痙攣がはじまった。
「うわっ!こわ!!」
初見のメンバーはドン引きしている。
やがて痙攣がおさまり、カエルはムクリと起き上がった。
「はへ?あれ?あ、呼び出された形?」
「初めまして。私はジュンペーと申します。貴方にお願いがあるのですが聞いてはもらえませんか?」
「へ?え?僕に?ああ、うん聞くよ」
他の皆にしたような説明を今回呼び出したカエルにもすると、やはりカラクリに興味があるのかすぐに了承してくれた。
「ありがとう。これからもよろしく頼むよ」
「こちらこそ、面白そうなことに誘ってくれてありがとう。よろしくね」
早速ネスエが新しいカエルを抱き上げていた。
◇◇◇◇◇
元ボス倉庫へと戻ってきたら、早速補修作業が開始されていた。
「大体の指示は出しておいたわ!」
「ありがとうミーヤ、いつも助かるよ」
他者への指示出しもできるハイスペック巨乳フィギュア。勝てる要素がこれっぽっちもない!ここまで圧倒的だと嫉妬すら起きなくなってきた。
そんなことを考えていると、こちらへ歩いてきたロッコから質問をされた。
「すべての建物を確認できたので、これから役場に行って舟運商会の届け出に行こうかと思うんですが、商会名ってどうしやす?」
「彼らの更生を後押しし、明るく清潔な光景が浮かぶような社名がいいな」
「難題すぎやせんか?」
ここにいるみんなでしばらく思案するもなかなかいい名前が思い浮かんでこない。
「参考までに、お前達がいた犯罪組織の名前はなんて名前だったんだ?」
そう小綺麗男に質問する。
「私たちがいた組織の名前は、ボスの名前であるロージンから取った『ロージン会』という組織名でした」
ゲートボール大会とか盛んそう。
「じゃあ『美咲会』にしましょう」
そう奥田は提案してきたが、これは奥田の名前ではなく『美しく咲く』という意味で翻訳されるのかな?
腕輪を外した状態で、ロッコに今提案された商会名を発声してもらうと、確かに「ミサキ」という音では聴こえてこなかった。
「ロッコ、その商会名はこの国の言葉的に変な響きはしていないか?」
「はい。美しく咲く。いい響きです」
声の届く範囲にいた元ヤクザ達を集めて説明する。
「じゃあ商会名は『美咲会』にしよう。この名前はミサキの名前の由来となっている言葉だ。彼女がいつでもお前達を見ているぞという意味と、今後お前達には美しく咲いてほしいという願いが込められている。この街に求められるような明るく立派な商会を目指していこう」
「「「おうっ!」」」
従業員のガラが悪い。
◇◇◇◇◇
少し思い当たったことがあったので、役場へと向かおうとするロッコを引きとめた。
「おそらくだけど、舟運業って何かしらのギルドが絡んでくると思うんだ。舟運ギルドだったり船舶ギルド、港湾ギルドかもしれないな。もしそれらのギルド加盟が舟運商会設立条件に含まれていて、尚且つそのギルドへの加盟が困難だった場合には、取り敢えず飲食業許可だけ取って商会を設立してきてくれ」
「確かにギルド加盟は条件にありそうっすね。でも飲食業許可だけ取ってどうするんですかい?」
「先日迷宮の地下10階までウナギ筒を超特急で採りにいった依頼があったでしょ。あれの依頼元がこの街で定期船を運行している商会長さんだったんだよ。だからもしかしてその縁を使えば港系ギルドへの加盟に有利な話ができるんじゃないかと思ってね」
「カタギの商会長さんを脅すんですかい!?」
「人聞きの悪いことを!」
俺を魔道具屋のお婆さんと一緒にしてもらっては困る。
「港湾のしきたりに関して俺たちは素人だからさ、ちゃんとした話を聞いてみて、新規参入が絶対にできないようなガッチガチに固められたギルドだったなら素直に諦めるよ」
「わかりやした。役場で聞ける限りの話は聞いて、ここへ持ち帰りたいと思いやす」
「うん、宜しく頼むよ」
◇◇◇◇◇
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