第26話 住よし
「ここを最後にして正解だっただろ?」
「ほんとそうっすね」
ロッコと二人、道ゆく人をぼんやり眺めながら串焼きを齧っている。
迷宮探索で必要な装備や道具を一通り揃えた後、本日最後の買い物として服屋へ来ていた。
少し前、背嚢を吟味している時、何かの拍子にオサートちゃんは何処に住んでいるのかという話題になった。
「北門を出た先に」
「先に?」
「橋があって」
「あって?」
「その下」
「「ああああああ!!!」」
そう聞かされた奥田と松下さんはオサートちゃんの中身がはみ出てきそうなほど抱きしめ、宿に持ち帰る事を宣言した。
奥田は他のメンバーに買い物の代理を頼み、その間に宿へと走って地球産のハサミを持って戻ってきた。
その後オサートちゃんを連れ立って風呂屋へ行き、丸洗いののち散髪。ピッカピカにメンテナンスされたオサートちゃんを服屋で着せ替え人形にしている。イマココ。
「服なんて適当に買って2分かからないじゃないっすか」
「そういうとこだぞ」
二人は道ゆく人を眺め続けた。
◇◇◇◇◇
翌朝、七人全員で冒険者ギルドの受付カウンターの前にきた。
丁度リオが担当している窓口があったのでその列に並ぶ。彼女の担当する列に並ぶ人の多さから、中々の人気受付嬢であることが窺えた。
朝のギルド内の様子は、昨日とは打って変わって人で溢れており、悪人ヅラの見本市のようになっている。
「おいロッコ、ガキのお守りなんて始めたのかぁ?ビビりのテメェにはお似合いだなぁ!」
周りの冒険者と目が合うだけで大体がこんな感じとなり、小中学生の耳にはなるべく入れたくない。
そこで稲葉姉弟には先ほどの会話を訳して伝えてあげることにした。
「ええとさっきの会話はだね『ロッコさんおはようございます。今日は若者たちの教導ですか?慎重派の貴方にこそ向いている仕事だと思います。頑張ってください』って意味だったんだよ。
それを聞いた葵ちゃんが言う。
「なるほど、横のつながりを大切にした組織なんですね」
さすが理解力が高い。
◇◇◇◇◇
「おはようございます。今日は初迷宮ですね。登録用の依頼はこちらになります。ご確認ください」
昨日とは違い丁寧な言葉で話すリオは、手元の依頼票をクルリと反転させ、こちら側に向けて差し出してきた。
「おはようございます。す、すいません。文字が読めないので依頼内容を口頭で教えてもらえますか?」
くっ!少し恥ずかしい。翻訳サングラスを装着してくるべきだったか。
「畏まりました。では説明いたします」
依頼の内容は迷宮の地下二階の箱から出てくる魔鉱化した銅5kgの採集だった。箱が見つからない場合には地下二階を徘徊しているコボルド(コボルト)を討伐することで魔導銅を手に入れることが可能とのこと。
5kgを超える魔導銅を持ち帰った場合には、1kgあたり110輪で買い取ってくれるそうだ。
マドードー。可愛らしい響きだ。
「魔鉱化しているかどうかってどうやって判断するんですか?」
「??? 魔力を流すとほんのり光りますよ?」
おっとやばい。割と常識的な話らしい。
「ロッコできる?」
サーモンロッドを扱うときの要領で魔力を使えば我々にもできそうだが一応は確認しておく。
「勿論でさぁ」
「わかりました。では依頼に取り掛かります」
リオに一礼して冒険者ギルドを後にした。
◇◇◇◇◇
一行は現在、北門を出た先にある橋を渡っている。
「この下にオサートちゃんの住処があったのか」
ついうっかりそんなことを口にしてしまった。
「「!!!!!」」
再びオサートちゃんが奥田と松下さんに抱きしめられ、オサートちゃんの中身が飛び出しそうになっている。
一行は昨日の買い物で色々と装備を整えたおかげで、今はこの世界でも浮かない程度の身なりとなっている。
併せてオサートちゃんの装備も整え、皆と同じ外套を羽織るその姿は、昨日までの欠食児童で橋の下感丸出しのボロボロな姿などではなく、そこそこに小綺麗な駆け出し冒険者っぽいものとなっている。
外套の下には革鎧が着込まれており、多少転がされたくらいじゃダメージを負う事はないだろう。
年若い彼女が何故にこの様な場所で生活していたかはまだ聞いていない。
彼女から言い出すなら聞く気はあるが、自ら進んで尋ねることはないだろう。
願わくば彼女のこれからの人生は腹が満たされ続けることを望む。
ちなみに奥田だけは、クロネコが描かれた防水シートで作った外套を羽織っており、めちゃくちゃに目立っている。
本人曰く「二つ名狙い」だそうだ。
唐突に隼人くんが前を歩く他の冒険者を指さしてこう言った。
「ほらあの人、地面見ながら歩いてるね!」
こ、こらよしなさい!!
◇◇◇◇◇
「コボルドって言葉を話したりする?」
ロッコに尋ねる。
「??? そんなことないっすよ? アニキたちの国では喋るんですか?」
「いや喋らないよ。ただうちのメンバーって、なるべくなら文化を持った種族を殺さないようにと考えてるんだよ。それが例え人から魔物と呼ばれていたとしてもね。もし独自の文化を持った魔物がいるようなら予め教えて」
「はぁ?わかりやした」
ことが済んだ後では取り返しがつかなくなりそうなので、今のうちにメンバーの行動理念をロッコに伝えておいた。
「そういうことで言えば、ドラゴンの一部は人の言葉を話すらしいっすよ」
「なにっ、そうなのか。ドラゴンの好きな食べ物ってわかる?」
「え?知らないっすよ。何かあるんです?」
「もし出会うことがあるなら、お土産として持ってって話でもしようかと」
「お土産を渡す前に丸焦げにされそうっすけどねぇ」
「それは違うわロッコ!!!」
あ、これは異世界先生の予感。
「霧深い霊峰に古の時代から住まうドラゴンは、その自らが持つ力と叡智を授けるに値する人物を探してるの」
「そんな人物を探してるなら、その霊峰ってとこから出て自分で探しに行ったほうがいいんじゃないすか?」
ロッコ、マジレスはよくないよ。
「おだまりっ!」
アニメや漫画以外で「おだまり」って初めて聞いたわ。
「そんなドラゴンを前に、闇雲に戦いを挑むだけではいけないの。まずは平和的に話し合いを行い、こちらの思慮を感じとってもらってから事に挑むべきなのよ」
「結局戦うんすね」
「そして互いの力をぶつけ合い、認め合う事で絆が生まれ、ドラゴンは我々を背に乗せて大空へと運んでくれるようになるわ!」
「叡智関係ないじゃないっすか」
ロッコのツッコミって鋭いな。
「おだまりっ!」
あ、ループした。
◇◇◇◇◇
北門を出てから時間にして30分ほど、ようやく件の迷宮前へと辿り着いた。
目の前には巨大な石造の門が見えており、そのすぐ傍には木製の小ぢんまりとした小屋が申し訳なさそうに佇んでいる。おそらくあの小屋は駐在する入場監視者の休憩場所になっているのだろう。
迷宮前にはいくつかの露店も建ち並んでおり、その露店で簡単な朝食を摂る冒険者も数名見受けられ、いつかみた駅の立ち食いそば屋を思い起こさせた。
入場門の前には迷宮への出入りを監視する係員だが衛兵だかがおり、冒険者が掲げる入場証の確認を行なっていた。
前を行く冒険者の真似をし、ギルドから渡されていた入場証を顔の横へと持ち上げ、特に何か言われるでもなく我々は迷宮への入場を果たした。
◇◇◇◇◇
「ひっろ!」
「たっか!」
迷宮内へと足を踏み入れた長野・奥田の両名が語彙力豊かに表現したエントランスの様相は、東大寺の大仏が立ち上がって軽く踊ったとしても問題なさそうなほどに広大だった。
「あっちの通路から進みますよ」
そういってロッコが指を刺した先には、5m×5mほどの広い通路がある。
迷宮というその名が表す通り、エントランスからは何本もの通路が伸びており、その先が幾つにも分かれ広がっている。
各人の目的の違いからか、我々が向かう予定の通路以外にも人が入っていく様子が窺えた。
◇◇◇◇◇
この依頼を受けた時に手渡された地図には、目的である魔導銅の入った箱が比較的見つかりやすいエリアまでの順路が記されていた。
箱の発生はランダムであり、運が悪ければ一つも見つからないこともあるらしい。
その地図に記された順路に沿って通路を進んでいると、ロッコが警戒の言葉を発した。
「前からゴブリンがくるっすよ」
刃渡50cmほどの肉厚なショートソードを右手に、左手には丸いバックラーを構えるロッコ。
薄暗い通路の先からは1体のゴブリンと思しきものが近づいてきており、パーティの全員が戦闘態勢をとってしばらく待つと、ついにはその姿がハッキリとわかる距離になった。
「やります」
そうボソッと呟いたのは葵ちゃん。
いつかゴブリンを丸焼きにしたあの熱光線がぶっ放されるかと思い、葵ちゃんから離れるようにして身構えると、彼女の杖の先からは1mmほどの細さにまで収束された極細熱光線が放たれ、ゴブリンの額を一瞬で刺し貫いた。
前のめりに倒れ伏すゴブリン。
辺りには少しだけ焦げ臭さが漂う。
「い、今のはなんすか?」
知らんよ。
「ゾルトラーク(弱)です」
葵ちゃんがそう答える。
そんなものをいつの間に開発していたのだろうか。魔石の消費が激しいことを懸念された元祖ゾルトラークを改良し、普段使いできるまでにコストダウンが図られた新魔法。
ゴブリンの頭蓋をも貫通するその威力に驚きを隠せないでいたが、ちゃんと言うことだけは言っておこう。
「通路の先に人がいたら危ないから、目標の後ろに壁がある時だけにしてね」
「あ、全然気にしてませんでした。次から気をつけます」
「よし」
「なにが『よし』ですか。全然よしじゃないっすよ!そして何やりきったみたいな顔してるんすか!そんなスケールの話じゃなかったっすよ?」
ロッコが複数のツッコミを立て続けに入れてくるが、自分も驚いてたんだから許してほしい。
「ちなみになんだけど、他の冒険者が使う魔法と比べてどうだった?」
あれ?また何かやっちゃいましたか対策のためロッコに尋ねてみた。
「自分は普段一人で活動してるんで、それほど魔道具使いの戦い方に詳しいわけじゃないですけど」
そう前置きしてからロッコが話し始めた。
「まず魔道具使いが魔法で魔物を殺すことはないっす」
いきなり間違えたみたいだ。
「中には自分の知らない殺傷力の高い魔法もあるかもしれやせんが、基本的にはそんなもん見かけないっす」
「そ、そうなんだ・・・」
「俺の知ってる魔道具使いは、火球で驚かしたり、石弾を放って相手の勢いを殺したり、ベタベタする水みたいなやつをぶっ掛けて動きを鈍らせたりするんすよ」
「デバッファーなのね」
それ翻訳されるんかな。
「だからその、なんつーか、さっきのはヤバいっす」
「あー、うん、うちの国ではああいう魔道具が幾つもあるような、ないような・・・」
「いやいやいや、あんな魔道具が複数あったら、ここら辺の国は全部落とされてるっすよ!」
墓穴を掘った。確かにそうかも。
「あー、じゃあもう他言無用で!内緒ね!」
「上手い言い訳が思い浮かばないからって適当に締めないでくださいよ!」
「おだまりっ!」
あ、これ使い勝手いいな。
◇◇◇◇◇
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