第22話 仕事は選ばない
奥田からの提案を受けて、一行は宿の部屋へと戻ってきた。
部屋には椅子などが無いので床に車座となって座る。
「ええと、もしかするとただの勘違いだったり無駄に時間を消費したりするだけかもしれないことを先に謝っておきます」
かなり真面目そうな雰囲気を出してきた。
「先ほどお婆さんから腕輪の使い方を教えてもらった時に思いついたんですが」
そう奥田は言うと、自身が装着していた腕輪を外して目の前に置き、クリップの両端を折り曲げて作った簡易蓋外しを使って腕輪をばらし始めた。
「ここを見てもらいたいんですが」
奥田が指で示した場所は、魔法発動体と呼ばれる部品を外して露出した、腕輪の内部だった。
「お婆さんの説明の中で『魔道繊維が断裂するほどに』といった箇所があったのを覚えてますか?その魔道繊維とは腕輪内部に見えているこの筋の事だと思うんです」
そこには確かに繊維的な筋が何本も確認できた。
「で、この筋を見て思ったんです。これって植物の繊維を薄くしたり柔らかく加工したりして腕輪の内部に挟み込んでるものなんじゃないかと」
そう言われてあらためて腕輪内部を確認すると、奥田の言う通り機械的に作られた繊維ではなく、自然由来の繊維であろうことが窺えた。
「これが魔法発動体、これが魔石、そしてもう一枚の四角い謎部品、それらを繋げる植物の繊維。何か思い出しませんか?」
そう尋ねられてハッと気づく。
「あ!!!お婆さんの名前の発声を聞くの忘れてた!!」
「そっちじゃない!!!」
◇◇◇◇◇
つまり奥田の言いたいことはこうだ。
「サーモンロッドと同じ作りをしてるってこと?」
「そうです。ですので恐らくこの謎部品は私たちがブースターと呼んでいる部品なんじゃないかと。そしてそのブースターを地球由来の物質に置き換えれば、更なる高精度、高火力の翻訳機になるんじゃないかと考えています」
高精度はいいとして、高火力の翻訳機って全然想像つかないな。
「ところでブースターを地球由来の物質に置き換えるとして、なにか意思疎通とか翻訳に纏わるものなんて持ち合わせてる人いるの?」
「あー、全然考えていませんでした・・・」
こうして皆んなが自分の鞄をひっくり返して中身を調べ直す運びとなった。
チラっと奥田の方を向くと、何故かキャットフードを手に持っているのを目撃してしまった。
「なんでそれ持ってきてるんだよ」
奥田が目を逸らしながら答える。
「え、えっと、どうしても食べるものが見つからなかった時に神になろうかと・・・」
な、なんて卑しか女ばい。極限状態の皆を前に、キャットフードで恩を売ろうしていただなんて人道にもとる考えだ。
そう奥田の評価を下げていると、葵ちゃんから声をかけられた。
「あの、これなんてどうでしょう?」
葵ちゃんが手に持っていたものは、リボンを付けた国民的白い猫が表紙に描かれた、スマホサイズの小さな英和辞典だった。
「おお、まさに翻訳に纏わるアイテムだ。最近はそんな可愛いデザインのものがあるんだね」
「これは家にずっと昔から置かれていたものなので、全然最近のものではないです・・・」
葵ちゃんからの素直な返答で、強烈なパンチを脇腹に貰ったようなダメージを受けた。
「よし、んじゃダメ元で試してみるか」
◇◇◇◇◇
「ちゃんと動作はしてるみたいですね」
葵ちゃんから提供された英和辞典の最後のページだけを切り取って幾重にも折りたたみ、本来嵌っていたブースターと差し替えてテストをしてみたところ、真っ当に動作していることが確認できた。
テストでは、腕輪を外した状態の多少外国語が扱える松下さんに英語で話してもらい、それを英語が達者でない奥田に聞いてもらうことで確認を行なった。
その結果、ちゃんと理解できる言語として聞こえてくることが判明した。
「パワーアップしたかどうかってどう試します?」
「そうだなー、どんな風にパワーアップするかも全然想像できんからなあ。遠くから話してもらう?心の声を聴こうとする?他に何かあるかな」
そこに松下さんが提案をしてきた。
「お婆さんの名前を聞いてみるとか」
いやいや流石に?と一瞬思ったが、よく考えてみるとそれは悪くない提案だと気づく。
「なるほど、変に単語の意味をそのままに翻訳してしまうようなときに、正しく翻訳できるかの確認か。悪くないと思います」
お婆さんの名前を聞きに行くのは少し遠慮したいなと考えていると、再び松下さんがアイデアを思いついたようだ。
テストのために、奥田は従来の腕輪を装着し、松下さんは腕輪を外した状態だ。
「では今から私が話す英文を聞いてもらえますか?」
そう奥田に伝えると、一拍置いてから話し始めた。
「When in Rome, do as the Romans do.」
それを聞いてから奥田が口を開く。
「ローマにいったらローマ人のように振る舞え」
「ちゃんと直訳されてますね」
次にパワーアップ腕輪を奥田に装着し、松下さんに先ほどと同じ文章を話してもらう。
「When in Rome, do as the Romans do.」
「郷に入っては郷に従え」
奥田はそう答えた。
「あ、これはパワーアップしてますね!」
◇◇◇◇◇
その後も色々とテストを重ねた結果、普段使いしても問題はなさそうだったので、全員分の腕輪をアップグレードすることにした。
最後のテストとして宿の主人に名前を尋ねたところ「ジマール」と聞こえてきたため、英語以外の言語でも、人の名前の語源を直訳してしまうような挙動は無事に抑えられることが確認できた。
「これって違法改造とかに問われないんですかね?」
「別に攻撃的な魔道具でもないんだし、見つかったところでそこまでは咎められないでしょ」
改造や検証のために散らかってしまった部屋の片付けを行いつつ、真・翻訳機の完成を祝ってレストランで豪華な昼食を取ろうかと話していた時に、突然隼人くんから特大の爆弾が投げ込まれた。
「翻訳機とサングラスを組み合わせれば『戦闘力たったの5か、ゴミめ』ごっこできないかなー?」
ガバッと音を立てて隼人くんを振り向く大人達。
((っかー!オラ試してみてぇ〜!!))
かくして昼食会は中止されるのだった。
◇◇◇◇◇
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