第23話 カシナートの剣

 残念ながらスカウターはできなかった。


 昼食をおしてまでサングラスに腕輪の機能を持たせる改造に時間を費やしてみたが、人の戦闘力を見破る機能を付与するには至らなかった。


 再び部屋の片付けをしながら奥田との検討会に興じていたところ、失敗作のサングラス付けて日差しを楽しむ隼人くんが窓の外を見ながら葵ちゃんと話していた。


「わー、本当に眩しくない!サングラスって楽しいね」


「ねー、ちょっと私も付けてみたい」


 二人の様子を後ろから眺めながら、子供がサングラスを利用する機会ってあまりないのかもなぁなんて考えていると、葵ちゃんが放った言葉を聞いて慌てふためくこととなる。


「ホントだ、サングラス楽しいかも。ご宿泊30輪、ご休憩17輪、ええとフリータイム平日朝5時から18時・・・」


「ちょっとちょっとちょっと!!葵ちゃんいきなり何を言ってるの!?」


 突然、女子中学生からは発せられてはならない類のワードが飛び出してきたため、急いで言葉を遮った。


「今、何の話をしていたの?」


「向かいの宿の看板を・・・、あ!文字読めてた!」


 スカウターは出来なかったが、代わりに文字翻訳機を開発してしまったようだ。

 そもそも翻訳の権能をもった魔法発動体で、肉体強度を測ろうとしたのが間違っていたらしい。

 いつか魔力測定の魔法発動体や、肉体強度測定の魔法発動体を手に入れた時、サングラスに組み込むと面白そうだなと思った。


「向かいにラブホがあるっぽいですね」


 奥田がニヤニヤとした表情をこちらに向けてくる。


 よしなさい。ここには子供達がいるんです。


◇◇◇◇◇


 サングラスをかけたまま行動するのは悪目立ちしそうなので、サングラスに搭載していた魔法発動体を腕輪に戻してから、遅い昼食を取るため北冒険者ギルドへと向かう。


 ついでにギルド登録時の依頼に関しての話が聞けたらいいなとも考えていた。


 宿を出てしばらく進み、街の中心にある中央交差点に辿り着くと、昨日街の案内をしてくれたオサートちゃんを見つけた。

 彼女もこちらに気づいて近づいてくる。


「こんにちはー」


「「こんにちはー」」


「あれ?今日は皆さん全員が翻訳機を付けているんですね」


「ああそうなんだよ、午前中に買ってきたんだ」


「今日は迷宮に向かわれるのですか?」


「いや、ちょっとした作業を宿でしていたらこんな時間になっちゃってね、情報収集と遅い昼食のために北冒険者ギルドへ向かうところだよ」


「私も迷宮冒険家に興味があるのでよければご一緒させていただけませんか?」


「よし、じゃあ一緒に行こうか」


◇◇◇◇◇


「ミサキさんちっす」


 冒険者ギルドの入り口で絡み男に遭遇した。何故か奥田に挨拶をしている。


「今日は登録っすか?」


 そうではない事を奥田が答えている。

 コイツはなんでこんな時間にここにいるんだ?冒険者なんだろ?冒険に行けよ、冒険に。


 昨日と同じテーブルが空いていたので7人で着席した。なんで絡み男まで着席したのだろうか。


 みんなの顔を見渡してから挨拶する。


「ええと今日は色々といいことがあったのでそれを祝いたいと思います!みんな適当に注文して自由に飲み食いしましょう!」


 こうして突発的祝賀会は始まった。


◇◇◇◇◇


「昨日の今日で翻訳魔道具を全員分ッスか?」


「呪いを解くための先行投資には糸目をつけないのよ」


 奥田と絡み男が会話をしている。

 昨日の設定はそのまま引き継いでいるようだった。

 実際に若返ってはしまったし、地球へ帰還するための情報を集めているので、全てが嘘と言うわけでもない。胸に関しての話に多少の虚偽が含まれていただけで。




「フルーツジュースお待たせしましたー」


 ウェイトレスさんがジュースを置くと、テーブルの上の籠から硬貨を数枚取っていく。


 この食堂で宴会を行う場合は、テーブルの籠の中に予め硬貨を何枚か入れておき、追加の注文を運んできてくれたタイミングで勝手に料金が回収されていくシステムになっていた。


「ネコババすんなよ?」


「げっ!ロッコじゃん!なんでこんな初々しいパーティと一緒にロッコがいるのよ!」


 絡み男の名前はロッコというのか。

 そのロッコがウェイトレスさんに絡んでいる。


「昨日このパーティから迷宮探索に関して相談を受けてな」


 そうだっけ?


「君たちこんなやつに相談しちゃダメよ?見ての通り粗野だし喧嘩っ早いし臭いし」


 確かにその通りだとは思うが、匂いに関してはこの時代ならある程度は仕方がないんじゃなかろうか。


「おねえさんは迷宮探索や冒険者ギルドのことに詳しいのですか?」


「私の名前はエント=リオ、リオって呼んでちょうだい。今日は食堂の給仕をやってるけど、普段はあっちでギルドの受付をしてるから迷宮についてはかなり詳しいの」


 リオは受付カウンターのほうに親指を向けてそう言った。


 彼女に倣ってこちらも順に自己紹介を済ます。何故かロッコまで自己紹介に混ざっていた。カミッド=ロッコがフルネームだそうで、ちょっとカッコいい響きだなと思ってしまった。

 一方でオサートちゃんは家名?苗字は名乗らなかった。そもそも持っていないのか、伏せてあるのかは判断がつかない。この国の慣習にまだ詳しくないので言及することは避けた。


「ここで働く前は迷宮冒険家パーティに所属してたのよ。どう?私の話を聞きたくなった?」


 リオは溌剌たる笑顔を浮かべてそう尋ねてきた。


「ええ、ぜひ聞かせてください」


「んじゃ決まりね」


 そう言うとリオは料理の受け取りカウンターへと行き、他のウェイトレスに声をかけた後、我々のテーブルへと戻ってきた。

 その手にはビールのジョッキを持って。


「これは相談料ね」


 テーブルの籠から数枚の硬貨を摘んでこちらに見せた後ポケットに仕舞う。

 頭に付けていた三角巾を外すと、中から出てきたボリュームのある金髪を後ろで一つに縛り、ジョッキを構えて一気にあおる。


「っぷはー!じゃあ始めましょうか。ロッコからはどれくらい話を聞いたの?」


「仕事中に良いんですか?」


「いいのよ、この時間は全然客がいないから」


 そう言われて食堂内を見渡すと、昼食には遅く夕食には早すぎる中途半端な時間帯のせいか、我々以外に客の姿は無かった。

 料理受け取りカウンターの前では先ほどリオから声をかけられていたウェイトレスも椅子に座り、カウンター内の人物と談笑している様子がみえる。


「そうですね、ギルドへの登録に関しての話しかまだ聞いてません。登録の際に渡される依頼の内容を聞くことってできますか?」


 そう尋ねるとリオは二つ返事ですぐに説明を始めた。


「事前に登録用依頼の内容を知ることは問題ないよ。時間制限があるわけでもないので、依頼を受けてから相談し始めるのと、事前に聞いて相談するのとそう変わらないからね」


 リオはビールをもう一口飲む。


「登録用依頼は大体が採集依頼ね。迷宮へ行って、指定されたものを手に入れて帰ってくる。それだけよ。実際に何をどれだけ持ち帰ってくるかは依頼を受けるまでは分からないわね。かかる時間も日帰りできるものに限定されてるわ」


「登録依頼には俺もついて行ってやろう」


 そうロッコが横から言ってくる。


「私も参加したいです」


 オサートもそれに乗っかる。


 二人からの突然の提案に困惑しつつ、リオに尋ねた。


「パーティメンバー以外が参加してもいいんですか?」


「全然構わないわ。ギルドとしては依頼した品が手に入ればいいだけなんだし、極端なことを言えば100人の助っ人を集めて迷宮へ行ってもいいし、依頼された品をお店で買って提出しても全く問題にならないわね。依頼をこなすための手段はパーティの腕の見せ所よ。ただ人を大量に雇ったとしたら雇用費で赤字は出るだろうから、そのパーティに益があるかは疑問が残るわね」


 なるほど、確かにギルド側からしたら、結果が出るならどんな手段を講じようとも構わないのか。パーティとしては得られる報酬から費用を引いて、参加メンバーで分配した時の利益に納得できるかどうかが問題なだけであって。


 食うに困った孤児を格安で雇って迷宮へと送り、その上がりを・・・。

 おっといかんいかん。何か良からぬ考えが頭をよぎったぞ。


「そういうことなら二人も一緒に行こうか。ロッコはいいとして、オサートちゃんはなんの装備もないよね?後でロッコに案内してもらって装備や道具類を揃えようか。もちろん経費として装備代はこっちで払うよ。俺たちもまだ全然準備できてないんだよねって、みんなもいいよね?」


「ロッコは不要だけどオサートちゃんは必要ですね」


 奥田のストレートな返答を聞いて、ロッコが涙目で縋り付いている。


「参考までにだけど、迷宮でのパーティは4人〜6人程度が推奨されてるわ。多くても8人くらいにまでに抑えておいたほうがいいわね」


 そうリオが教えてくれる。


「迷宮内の通路の広さ的に、一度の戦闘で展開できる人数に限りがあるのよ。多すぎると後ろで見てるだけのメンバーが増えることになるわ」


 なるほど、通路の広さの問題もあったか。


「私が迷宮冒険家をしていた頃は、前衛として戦士が三人と、遊撃で斥候の私、魔道具使いが二人の計六人で活動していたよ。参考にしてみてね」


 リオは斥候だったのか。彼女の所属していたパーティを参考に、うちのパーティに置き換えるとなると、そうだな。


会社員 会社員 運転士

中学生 小学生 痩せた子供+ゴロツキ


 と、なるわけか。物凄く弱そうだな。

 まあ実際には


魔道具使い 大剣魔道具使い? 魔道具使い

魔道具使い 自称忍者 飢えた子供+DQN


 こんな感じだろうか?

 自分たちのことながら偏りが凄まじい。こんな編成で大丈夫なんだろうか?


「いまさらの質問で申し訳ないのですが、ここの迷宮ではどんな物が産出されるんですか?」


「あら?貴方たちは何か目星を付けたアイテムがあって、それをここの迷宮で手に入れようとしてるんだと思ってたわ」


「何故そう思ったのですか?」


「まずは身なりね。翻訳の腕輪を全員装備していることから、お金を稼ぐために迷宮へいく感じではない。服装も風変わりではあるけどかなりの高級品だとわかるわ。そして年若い子たちが言葉も通じないこの街にわざわざ来たってことは、ここの迷宮から産出する特定のアイテムに狙いをつけてやってきたんだと思ったの」


 中々に的を射ている。さすがは元斥候ということか。少ない情報からの推測が的確だ。

 ここは下手な事を言わずに、一部を隠したまま正直に話しておこう。


「大体はあっています。ただ、特定のアイテムを狙っているのではなく、迷宮に纏わる情報を広く集めることが目的なんですよ」


「へー、そういう事だったのね。魔導学園の生徒さんなのかしら?」


「いやあ、勘弁してください」


 なんかいい感じに勘違いしてくれそうなので、肯定も否定もせずにおく。


「ごめんなさい、詮索はダメよね」


「助かります」


 深掘りされなくてよかった。彼女は天真爛漫な雰囲気をまとっているけど根本的には品が良い。

 明日の受付も彼女にお願いしたいな。


「ええとさっきの質問だけど、ここリフオクの街の近くにある迷宮では他の迷宮と比べて遺物が見つかる数が多いわね」


 ここの街ってリフオクって名前なのか。


「愚者の覚え書きとかですか?」


「そうそう、愚者の覚え書き何てよく知ってるわね、ああ翻訳の腕輪を買う時に教えてもらったのね」


「その通りです」


「愚者の覚え書きは見つかる数がかなり少ないんだけど、乙女の聖水や濡れた蜜壺なんかは多く見つかるわよ」


 え???なに?何でいきなり下品な話に突入した???


「ぷぷっ、濡れた蜜壺が見つかるwwwww」


 ちょっと奥田!草生やすな!!


「ええっとすいません、その二つの遺物を知らないもので、どういった遺物なんですか?」


 リオは意外なものを見るような顔をして答えてくれた。


「乙女の聖水はすごく有名なやつよ?貴方も持ってるんじゃない?筒の形をした遺物で、飲み水の出る水筒によく加工されるんだけど」


「あー、それなら今朝魔道具店で購入しましたよ。あれの材料に使われてるんですね」


「魔石を結構消費するから、街を離れる行商人や冒険者以外はあまり持たないけど便利よね」


 誰だよ、遺物にそんな名前をつけた奴は。


「濡れた蜜壺はここの名産とも言えるわね。その名のとおり壷の形をした遺物なんだけど、野菜や果物、他にも適当な食べ物を入れて蓋をし、1週間ほど経つと、中に入れた食べ物が甘い液体に変化する遺物よ」


「濡れた蜜壺が名産てwwwww」


 だから草生やすなって!!!


「この街の殆どのレストランに設置されてるんじゃないかしら?ここの食堂のお肉に漬けるタレもその遺物で作られたものよ」


 謎肉に添えられていたタレだな。


「ちょうど昨晩食べましたよ。かなり美味しかったです」


「他にも色々あるけど、そういった遺物がよく見つかるってのが特徴ね。あとはどこの迷宮でも手に入る魔素物質が産出する程度かしらね」


 一時の恥と覚悟を決めて、魔素物質についても説明してもらったところ、迷宮内の魔素に長時間晒された物質の中には、本来の性質とは異なった性質が宿るものがあるらしく、それらの物質を総称して「魔素物質」と呼ぶらしい。


 基本的に迷宮は石造りの建物になっているため、植物由来の魔素物質は手に入りづらく、一部特殊な迷宮に生えている植物が魔素物質として手に入ることがあるそうだ。


 迷宮の入り口近くの植物は魔素物質に変化しないのかと質問すると、迷宮から魔素が漏れ出すことはなく、入り口から数センチの場所に生えている草ですら魔素物質への変化は確認されていないらしい。


 あれ?そうなの?


 「魔素」という単語が出てきて、奥田が今まで見たことがないほどのドヤ顔をしている。

 その顔をどうにかして視界の外に追いやろうかと苦心していると、俺たちにとって聞き捨てならない情報がリオから齎された。


「迷宮の最奥まで行くと、こことは別の世界から送られてきた遺物が手に入るそうよ。ここの迷宮ではまだ最奥は確認されていないけど」


 な、なんですと?????


◇◇◇◇◇

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