第12話 蒼き雄鹿と白き狼
「いやいやいや、バランスボールは要らんだろ」
「そうです?体幹が鍛えられるんですよ?」
「この世界に来る前に鍛えておけよ」
皆で黒い猫の荷物を選別している。
食料品や衣料品といった必要不可欠な物資なら迷うこともないが、この先微妙に必要となりそうなものの取捨選択が難しい。
ビニールプールは生け簀として使えそうだがー・・・うん、今回は置いていこう。
ヨガマットは寝る時に敷いたらー・・・これは持っていこう。
ゲーミングキーボードは不要だな。
キャットフードはー・・・どうしても食べるものがなくなったらまた取りにこよう。
隼人くん、その新作ゲームは置いていこうね。
奥田さん、手に持ってるモンキーレンチはー・・・いらないよな?
荷物の選別が一通り終わり、一行は洞穴の寝床へと移動した。
◇◇◇◇◇
翌日、全員が揃ったタイミングで話し合いが持たれた。
まずは『魔法』と思われる現象を任意で発生させられることを話してみたが、どうも言葉だけでは信じてもらえない様子だった。
そこで実際にサーモンロッドの先から極々小さな火球を撃ちだして見せると、JC葵ちゃんが大興奮。
「凄い凄い凄い!!」と1分間くらい「凄い」を連呼し続けていた。
魔法への並々ならぬ憧れでもあったのだろうか。
続いての話は『次の目標』に関してだ。
自分と奥田の二人で行動していた時の目標は『森を抜ける』ことだった。
しかし昨夜、地下の神殿が発見された事により選択肢が追加された。
増えた選択肢とは『神殿の更なる調査を行うか否か』だ。
これに関しては全くの出たとこ勝負であり、現時点ではその危険度を推し量ることさえできない。
即死トラップ類の有無、出現するモンスターの種類や総数、おおよその広さなどの基本的な知識を全く持ち合わせていない。
実は『神殿の調査には蘇生薬が必須さ!』みたいなことがあるかもしれないし、逆に『電車があった部屋のすぐ隣には地球への帰還ゲートがありました』といったこともあるかもしれない。
一応『森を抜ける』という選択肢にも不確定要素はある。
そもそも森を抜けても、人が活動している痕跡が見当たらないかもしれないし、すぐにみつかるかもしれない。
ただ、森を抜けたあとの空振り程度ならば命に関わるような失敗とはならない。
ここまでの説明をして、皆からの意見を聞く事にした。
すぐに松下さんが手を上げた。
「では松下さん」
「はい、生のケモミミ族が見たいので森を抜けて人里を探すべきです」
「はい採用!」
「決めるの早くないですか!?」
冗談はさておいて、他の皆からも意見を募ると、一度は人里を探してみる事には賛成であるということで意見の一致を見た。
奥田は早速『冒険者ギルドでガラの悪い冒険者に絡まれた時のシミュレーション』を開始している。気が早い。
◇◇◇◇◇
遠出するにあたって、先ずは全員分のサーモンロッドを用意する事にした。あれさえあれば大抵の戦闘はなんとかなると思う。
マス釣りの準備をしていると葵ちゃんが話しかけてきた。サーモンロッドの作り方を知りたいとのことだったので一通りの説明してあげると、それならば自分で杖を作ってみたいというので了承した。
ハリー的な短杖タイプを作るかな?それとも魔女っ子的なハートをあしらったやつか?意表を突いて銃型かもしれん。何にせよ楽しみだ。
続けて葵ちゃんは、いい感じの枝を探すために、近隣を見て回りたいと言うので『冒険者ギルドの訓練場に設置された、ちょっとやそっとじゃ壊れない的を、涼しい顔で破壊してしまった時のシミュレーション』で忙しそうな奥田を護衛として遣わせた。
ちなみに奥田は黒い剣士スタイルで護衛をするようだ。
あの格好めちゃくちゃ羨ましい。早急にマントを用意する必要があるな。
◇◇◇◇◇
残った三人でピンクヒレを手に入れるべくマス釣りへと出かけた。
松下さんと隼人くんは今まで釣りをしたことがなかったらしく、初めての釣果に大喜びをしていた。
慣れない環境からくるストレスが少しでも緩和されるといいな。
釣りを終えて洞穴前に戻ってくると、葵・奥田組はすでに戻ってきており、各々何かしらの作業をしていた。
葵ちゃんが持っているあのデカい枝はサーモンロッドの材料だろうか?余分な小枝を払って形を整えているようだ。
一方で奥田は平たい石を使って大剣を研いでいる。もしかして遠征にあれを担いでいくつもりなのか?
それよりも葵ちゃんが奥田のことを「ミサキちゃん」と呼んでいることが何より気になった。
さては実年齢を伝えてないな?なんてやつだ。
◇◇◇◇◇
「杖できたー!!」
そろそろ夕飯の支度が整いそうだというタイミングで、葵ちゃんの歓喜の声が耳に届いた。
午前中から作っていた杖がついに完成したらしい。
どれどれ、どんなやつを作っ・・・。
「なん・・・だと!」
葵ちゃんが手にしている杖、その長さは本人の身長よりも幾分か長い。
杖の上端が最も太く、下に向かって徐々に細くなっている。
頂部付近は緩いS字を描くように湾曲しており、一見すると歪にも感じるが、そのじつ素材本来の美しさが活かされているようで実に優雅だ。
杖の二箇所には青みがかった帯状の布が巻かれており、頂部側の帯の一部は無造作に垂れ下がっている。
杖の随所には金属製のリングが嵌め込まれており、全体を引き締める役を担っているようだ。
これ葬送のお弟子さんの杖だーーーー!!!
めちゃくちゃカッコいいーーーー!!!
いま巷で最も勢いがある魔法使いの杖、それをここで再現するとは。稲葉葵、侮れん。
異世界での活動がもう少し安定したら、誰よりもカッコいい杖(ギア)を作ってやると心に誓った。
◇◇◇◇◇
奥田と共に川で調理具を濯いでいると、対岸の森に動く物影を見つけた。
「なんかいる」
サーモンロッドを素早く手に取りじっと様子を伺っていると、木陰から一頭の鹿が顔を出した。
鹿もこちらに気付いたようで、動きを止めて真っ直ぐ見つめ返してくる。
「ツノめっちゃ青い」
その鹿は体高90cmほどの立派な体躯をしており、頭から伸びるツノは青い。
「あれ、ツノが魔法の発動体じゃないですか?」
「マスの背ビレみたいなもんか?」
鹿そのものの姿は地球の鹿となんら変わりないが、とにかくツノが青さが目立つ。青すぎる。
「試してみたいけど・・・」
相手は哺乳類。奈良に行けば神格化されているほど昔から馴染みのある動物。
火球を当てればおそらくは倒せるだろうが・・・。
「恒温動物を殺すとか無理じゃない?奥田いける?」
「相手が本気で襲いかかってくるとかじゃないと厳しいですね・・・」
現代日本で育った我々には、動物を殺傷することは難しすぎる。何度か狩猟や屠殺の経験を積まないことには無理だろう。
「魚か、カエルくらいまでが限界では?」
「カエルもギリでキツい」
二人で会話を続けていると、鹿は森の奥へと帰っていった。
「虫型のモンスターが出てきたら殺せる?」
「大きさによりますかねえ・・・」
「じゃあゴブリンは?」
「挨拶してから考えます」
「オークは?」
「くっ!殺せ!」
やられてんじゃん。
◇◇◇◇◇
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