はいはい、異世界異世界

第5話 えらいねェ

　十特ナイフで魚を捌くのは思いのほか難しく、腹部の見た目がすこぶる悪くなったことには目を瞑ってもらおう。

　魚の内臓はコンビニ袋の中へと入れておき、後で炭になる焼いて埋めようと考えている。

　生のまま放置しておいて、熊などの野生動物が掘り返しにきたら恐ろしいからである。

　洞穴の前に作ってもらった、石で囲んだだけの竈門で火を熾し、枝に刺した魚を地面に突き立てていく。

　着火にはもちろん火魔法（ライター）を用いた。

◇◇◇◇◇

「列車事故に巻き込まれて異世界転移したとか？」

「もし事故ってたなら音なり衝撃なりに多少は気付けたと思いますよ？」

　時折パチパチと音を立てる焚き火を眺め、今朝コンビニで買ったおにぎりを頬張りつつも会話を続ける。

「俺たちの他に乗客っていた？」

「後二人ほど乗ってたと思います」

　よくそんなことを覚えているなと感心していたら、列車の中で飲み物をこぼした小学生男子を、姉と思われる中学生が諌めている様子が目に映り、印象深く覚えていたことを教えてくれた。

「へー全然気づかなかったわ、でも小中学生がこの世界に転移してたら、新生児か胎児くらいにまで若返っちゃってない？」

「怖いこと言わないで下さいよっ！多分ですけど若返りの下限は17歳くらいまでなんじゃないですか？私たち二人が揃って高校生程度まで若返ってることから考えるに・・・」

「え？ちょっと待って、私たち二人が高校生？」

「はい、私たち二人が高校生です」

　自分の姿が高校生程度まで若返っているのは理解できるが、奥田の姿はどうみても小学生高学年から中学生。

　ギリギリまで背伸びをしてどうにか中学2年生を騙るのが限界だと思われる。

「奥田さんって当時はその姿で高校生活を送ってたの？」

「ちょーっと！どういう意味ですか！まあ確かに身長は小学生の後半くらいから一切伸びませんでしたが・・・」

「ずっと子供料金で電車に乗れそう」

「あー、でも背の低い女ってめちゃくちゃモテるんですよ、男女問わず誰も彼もがチヤホヤしてくれましたよ、みんなの妹的な？」

「確かにその姿を見ると、自分でも信じれらないほどに庇護欲が駆り立てられる」

「頑張って守ってくださいね！」

「お、おう、この命に変えて」

　今まで幾人もの「お兄ちゃん」を誑かしたであろう、上目遣いプラス露骨あざとい女児スマイルを向けられ冷や汗をかくも、そもそも身体的な特徴に関しての話題はあまりよくなかったなと反省。

　少し話題を変えねばなと思ったタイミングで、火にかけておいた魚の表面にちょうど良い焦げ目がついているのが窺えた。

「これもう食べれそうだな」

「ついに魚の持つ水属性の魔法が得られるんですね！」

　やたらと異世界事情に明るい奥田を横目に、焼き上がったばかりの魚を手に取る。

「ピンクの部分は怖いから取り除くね」

　箸を使って背中の一部と背ビレを引っぺがして火の中に捨てる。

　結構な時間を火で炙られていたにも関わらず、特に変色することなく元のピンク色を維持していてかなり不気味だ。

　よし。

　これでもう見た目は単なる「焼いたマス」にしか見えないので、躊躇うことなく一口目をいただく。

「ん！！！」

「どうです？」

　鼻での呼吸を強め、魚の味をより感じやすくしながら食べる。ふむふむ。

　口の中の魚を全て飲み込んでから率直な感想を述べた。

「普通！」

「それは何より！」

　味の感想としてはまさに「普通」だった。

　マスっぽい見た目から想像されるマスっぽい味。

　食べ物に関してのイレギュラーは今後の生活が脅かされかねんので、この結果には一安心。

　取り敢えず数日以内に餓死することはないだろう。

「これ結構美味しいじゃないですか！」

　奥田は美味しそうに焼き魚に齧り付いている。

　その姿はキャンプ合宿に参加した小学生のようで中々に愛らしい。

「そうか、こういう野外活動をしたことがないならより美味しく感じるだろうね」

　今日釣り上げた6匹の魚はあっという間に二人の腹に収まった。お腹も膨れて満足な結果である。

　食事を終えた後、これからの事を相談しつつ手に持った枝で焚き火をつつく。

　既に炭となった薪が放つボンヤリとした炎を眺めながら、鞄から取り出したタバコを咥え、火箸代わり使っていた枝からタバコへと火を移す。

　これで火をつけると何だかタバコが美味く感じるのだ。

　ゆっくりと煙を吸い込み味を楽しもうとすると。

「ぶえーーーっゲッホッ！ゲホッゲホッ！」

　盛大にむせた。

　どうやら見た目や体力だけではなく、肺の美しさも高校生の頃まで若返っているようだ。

　期せずして禁煙が成し遂げられたことに複雑な思いを抱く。いやこれは大変ありがたい事だ。

　地面に落としてしまったタバコを拾い、焚き火の中へと放り込む。

　ついでに今処理してしまおうと、魚の内臓も焚き火へと投下した。

　湿った内臓を火に焚べたことで、火の勢いが若干弱まるのを見た奥田が枝で焚き火をつつきながら言う。

「このままだと火ぃ消えちゃいませんか？何ならキャンプファイヤーみたいに派手に燃やしましょうよ」

　その時だった。

　辺りの空気が焚き火へと一瞬だけ吸い込まれる。

　次の瞬間、焚き火の中から天を焦がすような火柱が轟音と共に立ち上った。

　その衝撃は凄まじく、焚き火の近くにいた二人は後ろへと吹き飛ばされる。

　聳え立つ火柱は時間にして5秒ほど燃え続けた後、何事もなかったかのように消えてなくなった。

　吹き飛ばされた二人は、鞄を背もたれにしていたため幸いなことに無傷。

　暫く呆然と焚き火の跡を眺めながら今起きた事象を脳内で咀嚼する。

・・・・・。

　ようやく考えがまとまったであろう二人は互いに目わ合わせて大きく息を吸い込んだ。

ーーーーーっ

「「火魔法キターーーーー！！！！！」」

◇◇◇◇◇