めいこと結びのあかし
風月那夜
序章
第1話
齢五つの
しかしその日、そこには先客がいた。静かに岩に腰掛けるのは少年と青年のはざかいを彷徨う男であった。
はあ、と深くため息を落とす男の声を聞いて芽衣胡ははじめてそこに誰かがいることに気付く。なぜなら芽衣胡の左目は見えておらず、また右の視力は限りなく弱い。
「だあれ?」
老若であることも男女であることも分からない芽衣胡の誰何に男は首だけを傾ける。
「ここの子か?」
男は芽衣胡の身なりを見てそう問い返した。ボロボロの粗末な着物に、帯の代わりに縄が胴を締めている。髪などは櫛さえ通した事がないのだろうと思うほど乱れ毛束が絡まり合っている。
光明寺は孤児を預かる育児院でもある。この幼女もその孤児のひとりだろう――と男は思ったのだ。
こくんと首を縦に下ろす芽衣胡を見て、そうか、と静かに呟くとまた深く息を吐き出した。
芽衣胡に興味をなくした男とは反対に、芽衣胡は伺うように男に一歩、また一歩と近づいていく。
視力の弱い芽衣胡は男の憂鬱な雰囲気を肌で感じ取ると、たもとに手を入れる。
「たべゆ?」
男の隣に座ろうとする芽衣胡を男は睨み下ろすが、見えていない芽衣胡はにこりと微笑む。
「キャヤメユどうぞ。あまくておいちいの!」
「キャラメル?」
芽衣胡は紙に包まれたそれを開くと男に差し出した。紙の上にキャラメルは一つしかない。
「俺が食べたらお前の分がなくなるぞ?」
「お兄さんかなしいからトクベツよ」
「俺が悲しい? ……ああ、確かにそうだな。なあ、お前も俺の目が怖いだろう?」
男は芽衣胡にその目つきの悪い視線を真っすぐに下ろす。泣いて逃げ出すかもしれないと思いながら。
しかし芽衣胡は小首を傾げた。ぼんやり見えるその顔が纏う雰囲気は優しくて悲しい。怖いと思うところなど一つもないのだ。
「睨んでもいるつもりはないのだが、この目つきだろう? 人を怖がらせてしまうらしい」
男は悲し気に言った。芽衣胡も男の悲しみを感じ取り、手の平に乗せたままのキャラメルを再度差し出す。
「はやく食べてみて!」
「いいのか?」
にこりと笑う芽衣胡の顔を見て男の肩が下がる。
「ありがとう」
指先でつまみ、口の中に入れると舌の上にとろけるような甘さが広がる。
「おいちいでしょ?」
「ああ」
「悲しいときはにこっ、したらいいのよ。ほら、にこっ」
「にこ?」
花が咲いたような満面の笑みをたたえる芽衣胡。それを見た男も同じように口元を歪めたが、目つきの鋭さが変わることはなく、男の表情の厳しさに拍車がかかっただけであった。
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