第45話

「私の目付きは……、怖くはないのか?」


 腕の中で眠るに問い掛けるが返事はない。

 

 證に対して臆さず視線を寄越す少女だが、いつも少しだけ瞳から外れた所に視線があるのを證は寂しくも感じていた。


 ――やはり怖いのだろう。それでも向き合おうとしてくれているのか?


 證の祖父と、華菜恋の祖母の約束がために結婚しなければならなかった二人。

 證の父母は「そのような約束など守る必要はない」と常日頃から言っていた。


 きっと万里小路の姫も乗り気ではないのだろう。嫁として迎える気のない松若に嫁いでも肩身は狭く、居心地も悪いだろう。


 ならばせめて、とばかりに證は離れで生活することを要求した。

 本邸には證の書斎が残っているので、姫が嫌がれば書斎で寝起きする事も考えていた。


 互いへの干渉は最低限。そう考えていたのだが、嫁いできた姫は噂とは違い、證の予定も変わりそうだ。


 明かりの付く離れへ入れば伊津が「まあ」と手を口元に持っていく。


「寝室の扉を」

「はい、開けます」

「ランプを」

「はい、付けます」


 柔らかな光が灯る。

 寝台へ小さな姫を下ろすと證は伊津に命じる。


「帯を緩めてやりなさい」

「はい」

「それから明日は出掛ける」

「はい」


 證は二人で出掛けると言ったつもりだったが、伊津には證だけが出掛けるのだと受け取った。


「明日は洋装にしなさい」

「はい。は?」


 伊津は芽衣胡の帯を緩める手を止めて、證を振り返る。


「町に行く。彼女は何が好きだろうか?」

「芽、……華菜恋様は……」


 伊津の頭に華菜恋の好きな事がいくつも浮かぶ。琴に刺繍、お花にお茶、最近はピアノにも興味がある様子だった。

 だがしかし、ここにいるお嬢様は華菜恋ではなく芽衣胡。


 芽衣胡が好きなものなど伊津はひとつも知らなかった。


 だから何が好きだと答える事ができない。

 そして芽衣胡のために洋装など一着も用意していないことを思い出した伊津の鼓動が早くなる。


「あ、あの……、華菜恋様は……、お着物しかお持ちではありません」

「着物しか?」

「はい」

「万里小路家は娘の嫁入りに何も仕立てなかったのか? いや、嫁入り前に着ていたものは?」


 華菜恋お嬢様本人が全て持って行きました――伊津はそう思いながら、ここをどう切り抜けるべきかと考える。

 その時、證が「ふむ」と唸った。


「そうか……。では明日はデパアトへ行くことにしよう」


 證は妙案だとばかりに一人でそう決めた。

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