第46話



 空が白み始める時刻。

 光明寺で過ごした生活が身に残る芽衣胡は目を覚ました。


 薄い布団はふかふかとした寝台に代わり、襤褸着は上等の着物に代わり、隣で一緒に寝ていた孤児たちはおらず――芽衣胡の真横に證の寝顔がある。と言っても芽衣胡にはその表情は見えない。


 未だ慣れない生活に寝起きの芽衣胡は驚きとともに息を飲んだ。


 ――そうだった。華菜恋の身代わりを務めているのだったわ。


 しかし目覚めてもなお他人の男と同衾など出来ぬとばかりに芽衣胡は静かにゆっくりと寝台から出る。


 光明寺では起きるとすぐに洗濯が始まり、そして朝餉の支度、それから掃除とやることが山積していた。


 だがここは光明寺でもなく、ここにいるのは芽衣胡でもない。


 万里小路の姫は洗濯もしなければ朝餉の支度もしないし掃除もしない。それはすべて女中のやること。


「やること……、ない、のよね?」


 早起きしてもやることはない。

 むしろここで芽衣胡に出来ることはひとつもない。


 華菜恋は一日中何をして過ごしていたのだろうと芽衣胡は思う。


 何不自由ない暮らしの中で、父の目を盗んで芽衣胡に会いに来ていた華菜恋は琴が好きだと言っていた。


「琴……」


 しかし芽衣胡は触ったことすらない。


 いや、目の見えない芽衣胡が琴にたとえ触ったとしても弾くことなど到底出来ないだろうと感じ、芽衣胡はため息を吐き出した。

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