第44話

「帯が苦しいのか?」


 帯と着物の間に隙間を作ろうと指を差し込んでいた芽衣胡の姿を見て證は何気なくそう問う。


「洋装にすればもっと楽だろう。明日は洋装にしなさい」


 はい、と返事しながら芽衣胡の頭は『洋装は楽らしい』と考えていた。それから初めての洋装が明日出来るのだということに胸が弾み、嬉しい気持ちを落ち着かせて平静を保ったまま来た時と同様に自動車に乗る。


 ガタンガタンと揺れは激しいものの、腹の満たされた芽衣胡はだんだん眠くなってくる。

 必死に寝まいと耐えていた芽衣胡だが、目蓋の重みに勝てず夢の中へ引っ張られてしまった。




 その様子を見ていた證は眠ってしまった芽衣胡の頭を自身の肩にもたれされると、その寝顔を見つめる。 


 少々気の強い姫――そう聞いていたが、所詮は噂。


 隣ですやすやと寝息を立てるはどこか目の離せない幼さと危うさを持ち合わせ、庇護欲をそそられる。


 松若の屋敷へ帰ると待っていた榎木が自動車の扉を開けた。


「お帰りなさいませ」


 頭を下げる榎木に、證は静かにするようにと小さく告げて自身の肩に視線をやる。

 すでにぐっすりと眠るは起きそうもない。


「お眠りになられたのですね。運びましょう」

「いや、いい。私が連れて行く。女中を部屋へ呼んでくれ」

「伊津でよろしいでしょうか?」

「ああ」

「かしこまりました」


 證は幼い妻を起こさないよう丁寧に抱き抱えると自動車から降りた。

 祝言の日に抱き抱えた時も思ったが、この少女は少々――いや大層軽すぎる、と證は思った。


 食事量も遥かに少ない。

 それは松若家の厭な視線があるせいで食事が喉を通らないのだと思った證は家人の視線を気にしないでいいよう夕食は外に誘い出したのだった。

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