2、回帰
第11話
1
芽衣胡は放心していた。
光明寺の孤児たちが一緒に寝る小さな部屋。襤褸を接ぎ繋いだ掛布が肩から落ちる。
雨風に憂うことなくすやすやと眠る幼い顔が芽衣胡の周りにたくさん並んでいる。視力の弱い芽衣胡にその表情は見えないが聞き慣れた寝息が耳に心地いい。
しかし芽衣胡ははっとして喉を押さえた。痛くはないが喉だけが異様な苦しさを覚えている。身体が覚えているのではない。心が記憶していた。
「生きている?」
自分の身に何が起きたのか、芽衣胡は混乱する。実の父親に殺された記憶はあるのに生きている。
夢か、はたまた現か。
だがここは仏様のいらっしゃる雲の上ではないのだろう。ここは慣れ親しんだ、光明寺の育児院。
部屋をそっと抜け出すと空が白み始めたのが目蓋越しに分かる。そろそろ光生や秋乃が起きる時刻だろうと思いながら芽衣胡は本堂へ向かった。
本堂にいらっしゃる阿弥陀様へ手を合わせた芽衣胡は心の中で阿弥陀様へ問い掛けた。
――私はそちらから追い返されたのでしょうか?
私は確かに死んだのだと思うのです。急に現れた父親だという男に連れて行かれ、どことも分からぬ場所で首を絞められ殺されたのではなかったのでしょうか?
しかし、阿弥陀様からの返答などない。その代わりというように芽衣胡の後ろから、早いなと声が掛かった。
「光生様……。おはようございます」
「おはよう芽衣胡。どうした? 顔色がすぐれぬな?」
「いえ、大丈夫です」
達者でな――と最後に聞いた光生の声が芽衣胡の脳裡によみがえる。
切羽詰まったようなあの声と、今ののんびりとした声に違和感を覚える。まるで光生は芽衣胡が通綱に連れて行かれた事を覚えていないかのように。
「光生様、昨日はお客様が来ましたよね?」
「客? いや、昨日は誰も来ていないだろう。どうした芽衣胡?」
誰も来ていないという光生の言葉に芽衣胡はその身を固くする。自身の鼓動が早くなるのがよく分かる。震える手のひらには汗が滲み出す。
その時、芽衣胡の耳に華菜恋の声が届いた。通綱には赤子共々死んだと聞かされた華菜恋の声が。幻聴か、と疑うが「お嬢様っ」と叫ぶ伊津の声がはっきりと聞こえる。
「なんだ?」
本堂の外へ目をやる光生を追い越して、芽衣胡は外へ出る。
「華菜恋?」
山門の辺りに華やかな塊が薄っすら見えた芽衣胡はそれが華菜恋だと確信する。
「げほっ、げほ」
「お嬢様、無理をして走るからです。ああ、芽衣胡様がいらっしゃいましたよ」
「め……こ?」
口を押さえて咳き込む華菜恋の元へ走り寄った芽衣胡は黒ずんだ膝を着く。
「華菜恋! 生きていたのね」
「芽衣胡、良かった。……わたくし夢を見たの」
「夢?」
「そう、げほっ、げほっ」
伊津がお嬢様と呼びながら背中をさする。
遅れて走り寄った光生が中に入りましょうと、咳き込む華菜恋を抱き上げた。
「芽衣胡、秋乃を呼んで。水と布団を」
「はい、光生様」
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