第10話

そして今に至る。


 自動車は万里小路の邸に向かう所か、北にある山へ入っていた。

 整っていない山道をガタガタとひどく揺れながら進むと、自動車は静かに止まった。


「降りろ」


 通綱に背中を押され、転ばるように自動車から降ろされた芽衣胡もここが邸でないことはすぐに分かった。


 凍てついた風が芽衣胡の痩せた頬を容赦なくなぶる。


「おい」

「はい」


 芽衣胡の耳に通綱と運転手の声が届く。


 ――ここで一体何をするつもりだろう?


 悪い予感に芽衣胡の呼吸が乱れていく。

 逃げなければ、と警鐘が頭の中に響くが、右に行くべきか、左に行くべきか、前に進むべきか、後ろに走るべきか見当も付かない。


 否、今はどこに向かおうと構わない。


 通綱の手から逃れることが出来ればいいのだ。


 芽衣胡は二人の気配を探る。自動車の方で忙しく動くのが運転手。通綱はどこにいるのか……。


 芽衣胡の背後で枯れ葉を踏む足音がした。


 ――後ろだ!?


 逃げようと足を動かそうとしたが、芽衣胡はすでに遅れを取っていた。


「うっ……」


 ――くるし、い……。


 芽衣胡の細い首に麻縄が掛けられる。


「華菜恋のためっ! 万里小路のためっ! 私の安寧のためっ――」


 通綱は唾を撒き散らしながら叫ぶと、麻縄の端を引っ張った。


「お前はこっちだ」

「は、はいっ」


 通綱は縄の片端を運転手に握らせると、苦しみ喘ぐ芽衣胡に構うことなく力の限りに麻縄を両手で引いた。


 抵抗していた芽衣胡の身体がカクンと落ちる。


「はあ、はあ、はあ……」

「ひゃっ、はっ、は、は……」

「死んだか」


 道綱は我が子を殺したというのに冷静だった。

 華奈恋を失って荒ぶっていた心が凪ぐ。


「埋めろ」

「…………」


 運転手は自身が犯した過ちに手を震わせる。


「早く埋めろっ! 掘れ、穴を掘るんだ。深く深く深い穴を――。ははは――、これで万里小路は安泰だっ!!」


 静かな山中で道綱の奇怪な笑い声がこだました。

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