第9話
芽衣胡は光生に頭を下げる。
「一度戻ってみようと思います。華菜恋の状況が分かればわたしはまた光明寺へ戻って参りますので」
「芽衣胡っ」
どうしてか生涯の別れになるような気がする光生は芽衣胡を抱き締めた。
「大丈夫ですよ、すぐに戻って参りますね。また明日も雑巾がけしないといけないですから……」
光生の腕の力が一度強まると、ゆっくり緩んでいく。
「達者でな。困ったことがあればすぐに頼るのだぞ? 良いな?」
「はい!」
光生は先を歩く通綱の背を追うと芽衣胡の手を引いて寺の外に出た。駆け付けた秋乃と抱擁を交わすと芽衣胡は通綱の自動車に押し込まれる。
「あっ、まだ……」
「出せ」
名残惜しさを感じる芽衣胡の心中などお構いなしに、運転手は頷いて自動車が走り出す。初めて乗る自動車に芽衣胡は恐れを感じ、揺れる度に恐怖の声が漏れた。
「ふんっ、本当に華菜恋に似ておるわ」
隣に座っている通綱の吐き捨てるような台詞を聞いて芽衣胡の身体は萎縮する。
双子は不吉だとする父に捨てられた自分が、嫁いだ華菜恋の代わりとなるのだろうかと甚だ疑問が浮かぶのだ。
「あの、おとうさま?」
「忌々しい。華菜恋と同じその声で私を気安く呼ぶな」
更に萎縮しながら「すみません」と謝りながら、芽衣胡はそれでもどうしても気になる事を尋ねてみる。
「……華菜恋は?」
「お前のせいだ」
「へっ?」
芽衣胡のせいだと言われても、芽衣胡は身に覚えがなく首を傾げる。
通綱は芽衣胡のその態度に更に苛立ちを募らせた。
「華菜恋は亡くなった。お前のせいでっ!! 不吉な双子のお前が生きているから、だから災いがっ!!」
芽衣胡の心臓が通綱に握られたかのように痛み、息苦しくなる。
「華菜恋が――」
――死んだ?
「まさか? ……では、ややは?」
「赤子も腹の中で息絶えた。これもそれもどれも全てお前が生きているせいだ!!」
息が上手く出来ず、芽衣胡の細い喉がひゅっと鳴る。
華菜恋が亡くなった悲しみを、怒りに変換することで自我を保つ通綱の目は血走っていた。
華菜恋が亡くなったと松若家から報せを受けた時はいの一番に松若へ行き、華菜恋の生死を確認した。
死を否定しながら向かったものの、しかし愛娘の脈は止まり、静かに眠っていた。
『か……な、こ? 起きなさい? ほら父が来たぞ?』
生前の血色のよい頬は痩せこけ見る影もない。かさついた唇は開かず「おとうさま」と呼ぶこともない。
通綱は他家であることも構わず慟哭する。華菜恋の冷たい体にしがみついて華菜恋の体を濡らしても通綱の涙は止まらなかった。
それから数日、呆けていた通綱は華菜恋の双子の妹の事を思い出すと、いてもたってもいられず光明寺に足を向けたのだった。
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