第8話
通綱は本堂の中をひと探しした後なのか、次の部屋に向かおうとしていた所であった。少し落ち着かなければならぬ、と通綱自身も考え荒い呼気が整ったばかりである。
「芽衣胡!!」
光生の後ろに立つ芽衣胡に産まれて以来一度も会ってないとはいえ、そこは華菜恋の双子の妹。多少髪の乱れがあり肌艶が悪くとも顔の造作は同じ。
十五年愛でてきた娘と同じ姿に嫌悪を感じるものの、ここはぐっと堪えて笑顔を貼り付けた。
「おお、芽衣胡」
芽衣胡を呼ぶ声に芽衣胡は困惑する。光生から父親だと聞いたが、本当に実の父親なのか全く分からなかった。
父の声も、匂いも、醸す雰囲気さえ知らない。
芽衣胡にとって父――父代わりに育ててくれた光生とは威圧感から違う。いつか華菜恋が『家の中は息がつまる』と言っていたのを思い出すと、芽衣胡は喉を鳴らしながら生唾を飲み込んだ。
「通綱殿、客間に移りませんか?」
光生はそう問うたまま通綱の是非を聞くことなく、秋乃にお茶とお茶請けを頼む。
「こちらにどうぞ」
光生は背中に隠した芽衣胡を先に行くようにと言う。しかし通綱が制止の声を出す。
「いや、ここで良い。芽衣胡、さあ家に帰ろう」
両腕を広げる通綱の声に芽衣胡は困惑し、足を一歩下げた。
「華菜恋が松若に嫁いだものだから寂しいのだ。芽衣胡よ、この寂しい父を慰めてくれないか」
「寂しい? 通綱殿、今更都合が良くはないでしょうか? 寂しいのは、親兄弟と離された芽衣胡の方でございましょう?」
「これは私と娘の話しだ。関係ない者が間に立つのは面白くない。さあ、芽衣胡! 家に帰るぞ。万里小路の邸に帰ればその汚い着物も汚い髪もすぐに綺麗にしてやろう。どうだ、嬉しいだろう!」
通綱の言葉に声を失ったのは光生だった。「はあ!?」と怒りを顕わにしたいのを堪えた頬がひくりと痙攣する。
しかしその光生の怒りを感じとった芽衣胡は恩人である光生にこれ以上迷惑を掛けたくないと思った。それに通綱の機嫌が良くなれば華菜恋の状況を教えてくれるかもしれないと。
「……帰ります」
「芽衣胡!?」
「そうだろう、そうだろう。このような辛気臭い寺から早く出たいだろう!」
高笑いする通綱は踵を返しながら芽衣胡に「来なさい」と命じた。
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