第62話
パーティー前日。
芽衣胡と華菜恋は光明寺で再会していた。
ほんの数日振りだが、数カ月も会っていないような気さえするとお互いに思った。
「芽衣胡生きてる? 嫌がらせされてない?」
「嫌がらせなんてないわ。華菜恋こそ元気にしていたの?」
「元気よ。食事が美味しくて少し肥えたくらい」
ふふっ、と笑う華菜恋を久しぶりに見た伊津は華菜恋の顎から頬にかけて肉付きがよくなっていると感じた。そして、――ああその肉を芽衣胡様に付けることは出来ないかしら、と思う。
「上手くやっているようで安心したわ。あの目付き、もしかして見えなければ大したことないのかしら?」
「そんなに怖いの?」
「ええ。本物の鬼より怖い鬼よ! だけれど……」
華菜恋は遠い記憶を呼び起こす。
目付きは怖く、ぶっきらぼうだが、暴言を吐かれたことは記憶にない。それに華菜恋が怖がり過ぎたせいで、證と顔を合わせることも少なかった。
顔をよく合わせていたのは、むしろ姑のスズメの方だ。暇を持て余していたのか、離れに隠れる華菜恋の元によく顔を出しに来ては薬湯を置いて帰っていた。
證は本邸の自室で寝起きしていたし、食事も證は本邸、華菜恋は離れでいただいていたから全く顔を見ない日が多かった。
「そういえば、離れにある寝台はとても大きいでしょう? 芽衣胡は寝台を使うの初めてよね? 独り占めして寝る感想はどう?」
華菜恋の問い掛けに、芽衣胡と伊津二人が首を傾げる。
「あら? 大きな寝台がなかったかしら?」
「あるわ。あるのだけど、独り占めなんてしたことないわ」
「ええ。毎日芽衣胡様と證様がそちらで眠っておられますものね」
「一緒にっ!? 本当に一緒に寝ているの? 初夜の日だけではなくて?」
「うん、そうよ。嫁いできてからずっと」
「……どうしてかしら? わたくしの時と何が違うの?」
考え込む華菜恋に芽衣胡は「どうしたの?」と聞くが返答はない。
ぶつぶつと何か言っていた華菜恋が伊津を向く。
「わたくしと芽衣胡の違いは?」
「お嬢様と芽衣胡様? ええと、ふくよかな所と、がりっがりな所でしょうか?」
芽衣胡は華菜恋の大きく膨らむ胸を見て、そして真っ平らな自分の胸に手を当てる。
「違うわ! いえ、外見の違いもあるけれど、……もっとこう、……中身のことよ!」
「中身……、そうですね。お嬢様は自分の意見を押し通そうとする所がありますが、芽衣胡様は他人の意見に流されるような所がありますね」
「わたくしは自分の意見を通して」
「わたしは他人の意見に流される」
「はい」
伊津が大きく頷くのを見て、芽衣胡と華菜恋の声が揃う。
「「全く正反対ね」」
「おお、見事に声が揃いましたね! こういう所は双子なのですねえ〜。あとは、お嬢様はご自分に自信がありますが、芽衣胡様は自信がない、ですよね?」
「そうね。光明寺ではそうでもなかったけれど、松若家でわたしは何ひとつ出来ないもの。自信なんてないわ……」
それに證様の隣も相応しくない――と芽衣胡は心の内で思った。
やはり證の隣には、自信を持った女性がお似合いだ。それが證の初恋の君が華菜恋なら、尚更證の隣に相応しいのは華菜恋でしかない。
「芽衣胡、ごめんね」
「なあに華菜恋? どうしたの?」
俯いた華菜恋は、ふう、と小さく息を吐き出すと、ここに来るまでに考えていたことを話し出す。
「もう身代わりなど、しなくていいわ。終わりにしましょう。今ならまだ元に戻れると思うの。これ以上芽衣胡を犠牲にしたくないのよ」
「犠牲なんて、そんな……。わたしなら大丈夫よ? でも、そうね華菜恋がいいのなら元に戻る方が良いのかも……」
松若家での暮らしは芽衣胡にとって夢のようだった。
綺麗な着物、美味しい食事、ふかふかの寝台、初めての自動車、出掛けたことのない場所――。
だけどそれは芽衣胡のものではない。
嫁ぐべきはずだった華菜恋のもの。
「あのね華菜恋。證様の目付きは怖いのかもしれないけど、證様はとてもお優しい方よ」
「芽衣胡、あなたもしかして……」
「どうしたの華菜恋?」
華菜恋は芽衣胡の顔を見て、まさかと思った。けれどその先は声に出さず、心の内に留める。
同じような顔をする友人を女学校で何度も見ていた華菜恋には、それが恋する乙女の顔に見えたのだ。
――いえ、でも、そんな、まさか。
言葉にならない声が頭の中で繰り返される。
だが鬼の棲家にこれ以上芽衣胡を置いておくわけにはいかないのは確かだと華菜恋は拳を握る。
「芽衣胡……、元に戻るのは明日にしましょう。明日は朝からパーティーの支度で家中が慌ただしくなるわ。すきを見て入れ替わりましょうね」
「明日……。分かったわ」
「伊津、離れの裏に小さな通用門があるから、そこを開けていてちょうだい」
「かしこまりました、お嬢様」
三人、顔を見合わせて大きく頷き合った。
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