第61話



「華菜恋がパーティーに出るって?」


 パーティーの2日前。

 京都から届いたばかりの手紙を伊津が静かに読み上げると、芽衣胡は驚いた。


「駄目よ。華菜恋はこちらに来てはいけないわ」

「しかし芽衣胡様、全くダンスが踊れていないではないですか。このパーティーだけでもお嬢様に代わっていただくのが良いと思いますよ?」

「それは……」


 今も伊津と練習していたところだが、足運びが全く出来ないでいた。


「はっきり言って芽衣胡様にダンスは無理です。招待客の皆さまに鼻で笑われるのが落ちですよ」


 伊津に言われ、芽衣胡の肩が落ちる。頑張ってはみたが、やはり数日でどうにか出来る代物ではない。


「そうよね。それに華菜恋ももうこちらに来ているかもしれないのよね?」


 手紙が届くのが早いか、それとも汽車に乗って来るのが早いか、分からない。だが華菜恋がパーティーに出ると言った以上、明日か明後日までには到着するだろう。


「お嬢様も京都からすぐにこちらには向かわないでしょう。かと言って万里小路のご実家に行くとも思えませんし……」

「光明寺?」


 こちらで身を潜めるなら光明寺しかない。


「そうですね! では光明寺にお嬢様が来ていないか確認して参ります」

「ええ。お願い伊津」


 伊津が下がると、部屋の中が急にしんとする。


 華菜恋がパーティーに出る。

 華菜恋と芽衣胡が交代する。

 本来の華菜恋が華菜恋になる。


 芽衣胡は、――影に戻る。


 光を求めたわけではない。だが、光は温かく身を包んでくれていた。

 その光は華菜恋の元に帰るのだ。


 元々芽衣胡に光などない。産まれた時から芽衣胡は影だった。


「そうだ……」


 思い出したのは證の言葉。


「證様の初恋の君は華菜恋だったのよね。それなら證様の隣にいるべきはわたしなどではない」


 胸が激しく痛み出す。


「華菜恋は怖がっていたけれど、證様はとてもお優しい方よ。きっと華菜恋のことを大切にしてくださるわ」

 

 言葉に出すたびに涙が出そうになる。それを必死に堪えるために唇を噛む。


 ――だけど、元に戻れば華菜恋は死んでしまうかもしれないわ。


 やや子を身籠り、産む直前になって死んでしまった華菜恋。そして華菜恋の死を芽衣胡のせいにした父によって自分は殺されたのだったと思い返す。


 華菜恋が怯えていたような恐怖がここになかったお蔭で忘れ掛けていたが、證は敵なのだと思い出す。


「そうよ、どんなに優しくされたって證様は敵なのだから。しっかりしなくてはいけないわ!」


 華菜恋がこちらに来てくれるのは心強い。二人で手を取り合って敵に立ち向かわなければならないと、強く決心するのだった。

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