6、買物

第51話


 自動車に乗り最初に向かったのは、電車通りに沿って並ぶ商店の端にある小さな店だった。

 まるで売る気はないとでもいうようにガラス戸は閉まっているが、證が中を覗くと頭髪のないつるりとした頭部が番台にあった。


「おやじ」


 ガラス戸をガラガラと音を立てて開けながら證は店主を呼ぶ。


「なんだ、ぼんか。久しいな。きよのやつが死んで以来か?」


 店主の言う『清』とは清矩――證の祖父のことだ。


「坊はやめてくれ」


 冷たい視線で證が睨むと、おお怖いとこぼした店主の視線が證の後ろに移る。


「そっちは」


 店主が顎を向けて芽衣胡を指す。


「妻の華菜恋だ」

「ああ、なるほど。とうとう清の馬鹿げた約束を果たしたのか。ということは万里小路のおひいさんか」


 店主の舐めるような視線が芽衣胡の頭の上から足先まで走る。それを面白くないと感じた證は足を半歩ほど芽衣胡の前に出して店主の視線から芽衣胡を隠した。


「なんだ。……それで? 今日は何の用があってこんなとこまで来たんだ?」

「ああ。眼鏡がんきょうを」

「とうとうその恐ろしい目付きを隠そうと決めたのか! 綺麗なお嬢さんを娶って坊もやっと丸くなろうってわけか!」

「私ではない」

「あん? それじゃあ誰のだよ? 婆さんのか?」

「祖母でもない。妻だ」


 えっわたし? ――そう驚く芽衣胡の顔は誰にも見えていない。

 證には芽衣胡の目が悪いということが分かっているのだと理解して鼓動が早まり、指が震える。


「あん? そのおひいさんのか?」

「ああ」


 ふむ、と唸って店主は首を横に倒す。證の後ろに隠れる芽衣胡の瞳を観察しながら顎に伸びる白髭を撫でつける。

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