第52話

「坊の若奥さん、ちょいっとこっちに来な」


 はい、とぎこちなく返事する芽衣胡の肩に證の手が乗る。そのまま證に押されながら芽衣胡は店主の前に立った。


 だが芽衣胡はどうするべきか判断する時間が少な過ぎて、これからどう行動したらいいのか正解を導き出せないでいた。


 自分は華菜恋である以上、目は見えていると貫き通すべきか。

 それとも目のことは目のこととして華菜恋と切り離して考えるべきか。


 悩む芽衣胡の前でぼんやりと何かが揺れる。


「これ見えるかい?」


 店主は右手の人差し指を上に向けて自分の顔の前に出した。


 芽衣胡と店主の距離は近く、それが店主の指だということが分かった芽衣胡はひとつ頷く。


 それを見て店主は一度手をおろすと、また同じように芽衣胡の前に出す。


「じゃあこれは、何か分かるかい?」


 芽衣胡の前には先ほどよりも細い肌色があった。指の中で一番細いところだろうかと芽衣胡は考え、答えを出す。


「小指?」


 芽衣胡の後ろから、ぷっと吹き出す音がする。


「おやじ、妻に意地悪をしないでくれ」

「いやいや、これが楽しみで眼鏡屋やってるようなもんだ!」

「糞意地が悪いな」

「褒め言葉として受け取っておくよ。……はあ、すまんすまんお嬢ちゃん。正解はこれだ」


 そう言いながら店主は芽衣胡にそれを渡す。

 手に握った芽衣胡はそれが小指ではないということがすぐに分かった。

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