第20話
梅子がいなくなると途端に二人の間に静かな空気が流れる。證が箸を持つ気配を感じ、そして何かを口に運んだ。食事の続きを始めたのかと思った芽衣胡だったが、證はその一口でまた箸を置いた。
「はあ。もういいだろう。
證が呟く。芽衣胡はそれが自分に向けられた言葉だと理解するのに時間が掛かった。
證は隅に控えていた男に目配せすると、男は芽衣胡の側に寄り片膝を着いた。
「奥方様。お部屋へご案内いたします」
「え……。下がってもいいのですか?」
「はい」
それなら襤褸が出ぬ内に退散しようと芽衣胡は立ち上がろうとするが、着慣れない重たい着物によろめき、長い裾を踏む。
気を付けなければならなかったのに――という芽衣胡の思いなど無視するように身体は傾く。しかも證が座る側に向かって。
「あ」
しかし芽衣胡の身体は傾いたままで止まった。すぐに反応した證が倒れる芽衣胡の腰を支えながら受け止めたのだ。
「ひゃ……も、申し訳ございません」
「いや、いい」
早く離れなければ、手をついてお詫びしなければ――そう思いながら芽衣胡は自分の足で立つために足を動かすのだが、どうにも床に足が着かない。
その瞬間。腰を支えていた證の腕が腰に巻き付き身体が浮遊する。否、浮遊したのではない。證が芽衣胡を抱き上げたのだ。
「へっ、なに?」
しかし芽衣胡はすぐに理解出来ない。自分の身に何が起きたのだろうか。
白い視界――それは證の着物。少し顔を上げればぼんやりと人の顔が見える。
證の視線が落ちる。『鬼のアカシ』と呼ばれるその瞳が真下にある芽衣胡を見据えた。
誰もが畏怖する視線を受けたならば恐怖に震えるだろう。しかし芽衣胡はその怜悧な視線を探るように凝視する。
――もしかしてわたし、證様に持ち上げられてるの?
混乱する芽衣胡を横抱きにする證に、男が「代わりましょうか?」と聞く。
「いや。このまま運ぶ」
「承知いたしました」
芽衣胡の耳に自分の心音と證の心音が聞こえる。その外で「仲睦まじいことだ」「初夜だからねえ」と囃す声は届かなかった。
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