4、初夜

第21話


 大広間を出て、右に折れ左に折れと屋敷の中を證は進んで行く。松若邸を把握出来ていない芽衣胡にはどこに向かっているのかさえ分からず、鼓動は強くなるばかりで呼吸も浅くなる。


「おろして下さい」

「…………」


 證からは何の反応もない。聞こえていなかったかと、芽衣胡はもう一度震えた声を出す。


「歩けます」


 證は言葉の代わりに一度視線を落とすがすぐにまた進行方向を見た。


「重いので――」

「少し黙りなさい」


 冷たい声。それを聞いて證の腕の中で芽衣胡は萎縮する。


 震える両手は胸の前で合わせて強く握ると、手の平に爪が食い込んでいく。

 その痛みよりも上回るのは浮遊したまま證の腕の中におさまる恐怖か、それともどこへ連れて行かれるのか分からぬ恐怖か。

 證に「黙れ」と言われたこともあわさり、芽衣胡は息さえも潜めかたまりと化していた。


 證の足がどこかで止まると、證の後ろを着いて来ていた男が證を追い抜く。

 男は前にある襖を開けると一歩下がり頭を下げた。


「女中を呼んできてくれ。あと風呂の用意も」

「かしこまりました」


 男は向きを変え、戻っていく。


 證は開いた襖の向こうに足を踏み入れる。そこは二十畳ほどの部屋だった。


「疲れただろう」


 證はゆっくりと芽衣胡を下ろすと、自身の首元に指を入れ、あわせを緩めた。


「はあ。……貴女も女中が来たら着替えるといい」


 それだけ言うと證は部屋から出て行こうとする。


「あの」

「そこにいなさい」

「はい」


 證の冷たい声に芽衣胡は小さく返事することしか出来なかった。

 證はぴしゃりと襖を閉める。襖の向こうで證の足音が聞こえるが、小さくなり、やがて聞こえなくなった。

 

 知らない屋敷。

 知らない部屋。

 知らない人間。

 嗅ぎ慣れない匂い。

 まばゆい光り。


 芽衣胡は急に自身の存在が心許ないものだと感じる。

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