第22話

ここで華菜恋の代わりにやっていけるだろうかと弱気になりそうだったその時、襖の外から声が掛けられた。


「華菜恋様」

「はっ、はい!」


 取り残された芽衣胡ただ一人の部屋へ届くのは、女の声。


 すっと開いた襖の向こうに、人影は二つ。


「失礼いたします。華菜恋様のお世話をさせていただきます、松子と申します」

「松子さん?」

「どうぞ『松子』と。よろしくお願いいたします」


 伊津より少し低い、落ち着いた声音が芽衣胡の耳に届く。歓迎はしてないが悪く思われてもいないのだろうと芽衣胡は感じた。


 自身が仕える主を吟味しているのかもしれない。そう今の芽衣胡のように。松子に身辺を任せて大丈夫だろうか。信じて良いだろうかと、芽衣胡も警戒しているのだから松子と同じだ。

 だから松子の態度を感じが悪いとは思わない。


「華菜恋様のお世話はわたしが」


 その声は松子の後ろから。それは伊津の声だった。


「もちろんです。華菜恋様の側には伊津さんが。ですが伊津さんも屋敷内のことはまだ分からないでしょう。分からない所はわたしが補います。それでよろしいでしょうか?」

「はい。ありがとうございます」

「それでは早速奥様の着替えをお願いします。わたしはお風呂の支度をして参ります」


 松子は頭を下げると風呂場へ向かった。

 入れ替わるように伊津が部屋に入る。


「伊津……」

「ああ芽衣胡様。ご無事に祝言を終えられて安心いたしました」

「ちゃんと出来たかな?」

「多分? きっと?」

「え、多分? どうしよう伊津。誰か気付いてた? 華菜恋ではないって誰か言ってた?」


 不安に思う芽衣胡を見て伊津が笑う。


「いえいえ、大丈夫でしたよ。さっ、着替えましょう」


 伊津は芽衣胡を椅子に座らせると頭にある綿帽子から外していく。それから帯にはせた扇子や懐紙を出すと、着物を一枚ずつ丁寧に脱がせていった。


「伊津、足も。これどうなってるの?」

「足? ああ足袋ですか?」

「これ窮屈」

「ふふ」

「どうして笑うの?」

「これからはこれに慣れないといけませんね、『松若の若奥様』ですから!」


 憂鬱なため息を吐きながらも芽衣胡は、これも華菜恋のためと自分に言い聞かせる。

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