第40話



 朱色の着物に金糸の帯。

 華菜恋が一度袖を通しただけの綺麗で上等な1枚を纏って、唇には鮮やかな朱色の紅を差す。


 離れまで迎えに来た證は芽衣胡を一瞥すると踵を返す。


「行ってらっしゃいませ」


 伊津と松子が腰を曲げる横を、不安に両手を胸の前で握った芽衣胡が足裏をゆっくり滑らせる。

 芽衣胡は黒の塊を追う。證はすでに軽く十歩は前を歩いていた。


 しかし曲がり角で證は止まると芽衣胡が来るまで待った。


「エスコートだ。昼のように私の腕に手を掛けなさい」


 證は左の肘を張る。

 芽衣胡は小さく首肯して右手を上げ、触れたそこを持つ。


「違う。そこは肩だ」


 ため息混じりに言葉を吐き出した證は肩を掴む芽衣胡の手を肘の内側に持っていくと、行くぞと言って足を前に出す。

 半歩遅れて足を出す芽衣胡に證は歩調を合わせ、玄関前で待つ自動車に乗った。


 十五分ほどで到着した街中は夜だというのにたいそうきらびやかであった。


「手」


 證にそう言われ、『えすこおと』だと理解した芽衣胡は自分の手を胸の高さに上げてから證のいる方に出す。


 證が満足気に頷いた気配を感じて芽衣胡は安堵する。證の肘の高さを覚えたのだ。


 證の腕に微かな力が入ると、芽衣胡は證が動くのだと察知した。芽衣胡と證の一歩目の足の動きが揃う。


 何も出来ない、動きの鈍い姫だと思っていた證はその動きに僅かばかり目をみはる。

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