第39話
「華菜恋様?」
「え? なに?」
「何かございましたか?」
この声は松子だと分かった芽衣胡は松子に聞く。
「外に出ると」
「外?」
「夕方迎えに来ると」
「はあ」
「支度しておきなさいと」
「なるほど。承知いたしました。どちらのお召し物にいたしますか?」
「着替えるの?」
「ええ」
「これでは駄目?」
「華菜恋様が良いのであれば……。伊津さんを呼んで参りましょうか? 今は昼食を摂るために下がっておりますが」
芽衣胡は首を横に振る。
「戻って来てからでいいわ」
松子とともに部屋に戻った芽衣胡は椅子に座り窓の外に顔を向ける。
夜は外に出る時刻ではない。夜は何も見えないのだ。ヘマをしないかと心配になる。
先程もまた證と榎木を間違えたばかりだと言うのに。これ以上の失態が続けば證もいよいよおかしいと思うだろう。
胃がちくりと痛む。
虚空に視線を漂わせ、何度目かのため息をこぼした所に伊津が戻ってきた。
伊津が戻ってきたことで、入れ替わるように松子が下がる。
芽衣胡の肩の力が緩み、肩の位置が下がった。
「芽衣胡様?」
「ああ……。やはり慣れないからか、ひどく疲れる」
「では少しお休みになられては?」
「いや、それより支度をしないと」
「支度?」
何の事かと尋ねる伊津に芽衣胡が説明すると、伊津は目と口を大きく開けた。
「大変!!」
「なにが?」
「お出掛け用のお召し物が1枚しかないのです! お嬢様のお話だと、その……證様とのお出掛けなど一度もなかったようでして、念の為に用意した1枚しかないのですよ」
「1枚あれば充分よ。それに何度も出掛けることなんてなさそうだわ。だって華菜恋の時には一度もなかったのでしょ? きっと今回のことは證様の気まぐれよ。最初で最後のお出掛けだわ」
「そうですかね?」
「きっとそうよ」
むしろ何度も何度も外に出ることは避けたいと芽衣胡は思う。
屋敷内でさえ危ういのに、外になど出られたものではない。
伊津に支度をされながら芽衣胡の胸中は不安でいっぱいだった。
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