第38話

仕事に戻るという證の背を見送って芽衣胡は離れを目指した。


 左に出て、ひいふうみいよお――。

 右に曲がって、ひいふうみいよおいつむう――。


 覚えた歩数を頼りに進んでいると、「華菜恋様?」と呼ぶ榎木の声が横から聞こえた。


「もしかして迷いましたか?」

「えっ?」

「広いですからね、仕方ないですよ。ご案内いたしますね」


 長い足を離れに向かって動かす榎木の背はどんどん離れて行く。黒い塊が小さく霞んでいく。


 ゆっくり足元を確かめながら歩く芽衣胡は榎木を完全に見失った。


 ――だけど、多分この角を曲がったはずよね?


 そう考えながら角を曲がると向こうに黒い塊が待っていた。


「榎木さん、すみません」


 榎木の前で丁寧に頭を下げて礼を言うと、低い声が落ちてきた。


「榎木と私の顔の判別が付かないのか」

「へっ」


 ――この声は、それに匂いも……。


「……あ、かし、さま? 仕事に戻られたのでは?」

「ああ。貴女に用が」

「わたし?」

「夕方迎えに来る。外に出るから支度しておきなさい」

「外に?」

「ああ。では仕事に戻る」

「い、行ってらっしゃいませ」


 證の背が見えなくなっても立ち尽くす芽衣胡の横から松子が怪訝な顔で近寄って来る。

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