第37話

広間にはすでに松若の一同が揃っていた。


「遅くなりました」


 證が頭を下げるのが分かって芽衣胡も慌てて頭を下げる。


「座りなさい」


 上座から證の父、重教しげのりの静かな声が届く。


 一番下座に芽衣胡を座らせると證は奥へ進み、重教の横に座る。


「いただきます」


 父の声に、あとから一同の声が揃う。芽衣胡もあとから手を合わせ、いただきますと言う。


 合掌に遅れる若嫁に、辛辣な視線が飛ぶが見えない芽衣胡には分からない。


 それよりも芽衣胡には問題があった。

 白米とワカメの味噌汁は良いのだが、膳には魚があったのだ。芽衣胡の目に魚の骨は見えない。


「あら、万里小路の姫君には焼き魚は口に合いませなんだかしら?」


 それは證の祖母、マサの揶揄する声。それとは別の女性のくすくす笑いまで聞こえる。


 ――華菜恋もこうやっていびられていたのかしら?


 だが万里小路の姫だという矜持のない芽衣胡には耳から流れていく言葉。 


 とりあえず芽衣胡は魚の手前半身を箸でほぐし少しずつ口に運ぶ。大きな骨は避けられても小さな骨は口に入る。それを芽衣胡は白米とともに嚥下していく。

 しかし胃の小さな芽衣胡には量が多過ぎて全ては食べられない。だが食べ物を粗末にするのは申し訳なく、どうにか無理矢理に詰め込もうとする。


 他の者は食べ終わり、みなが揃って「ご馳走さまでした」と手を合わせた。立ち上がった證が芽衣胡の横に来る。


「無理しなくていい。部屋に帰りなさい」

「はい」


 箸を置いて立ち上がった芽衣胡は苦しさに胃を押さえた。


「一人で戻れるか?」

「はい」


 来る時に歩数を数えたから大丈夫だと芽衣胡は頷く。

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