第16話


 芽衣胡は慣れぬ明かりの中で俯いていた。光明寺で灯りは貴重であったため、不必要に火を使うことなどなかった。しかしここは松若家の大広間。

 絢爛たる装飾に、煌煌とした灯りがたくさんともしてある。あかりに慣れぬ芽衣胡にはぼんやりと見えるはずのものさえ白い靄と化していた。

 芽衣胡は用意された上座で顔を隠すように俯く。隣には夫となる鬼のアカシその人、松若證まつわかあかしが威風堂々と座っている。

 金屏風の前に並ぶ二人。酒を呑んで酔う親類から「似合いだ、似合いだ」と笑い声が飛んでいる。


 確かに證の背が高いのだけは分かる芽衣胡だが、ちんちくりんの芽衣胡とどこがお似合いなのかは全く分からない。

 それよりもここは華菜恋のかたきがいる敵地なのだと思えば肩が強ばる。生唾をごくりと飲み込み、汗の吹き出す手の平をぎゅうと握りこむ。しかし華菜恋の身代わりを務めているのだからと自身を叱咤して華菜恋のように凛と背筋を伸ばした。

 松若の者にここにいるのが華菜恋ではないと気付かれてはならないのは勿論のこと、万里小路の父と祖父にだけは決して悟られてはならない。


「證くん、祝いだ! どんどん飲みたまえ」


 両手に徳利を持つ松若の親戚が横から酒を勧めてくる。


「ありがとうございます」

「さあさ、華菜恋さんも!」


 酒を勧めてられたら盃を持って受けなさいと幸子から教えられていた芽衣胡だが、あまりの眩さの中に白く光を反射する膳の上の皿と盃の区別が付かず右手が震える。

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