第17話

――盃はどれ?


 失敗は許されない。しかし今、伊津は側にいない。全て自分で判断しなければならない芽衣胡は震える右手で手前の白い器に向かって手を伸ばす。


「おじさん、彼女はまだ15歳。酒は早い。彼女の分まで俺が頂戴します」


 證は低い声で小さく言うと、なみなみと注がれた酒を飲み干し、男の徳利の前に自身の盃を差し出した。


 とくとくと注がれたそれを證はすうっと静かに飲み干す。


「いやいや良い飲みっぷりだな證くん」


 證の飲みっぷりに機嫌を良くした男は今度は万里小路側へと行き父の通綱に挨拶をしている。

 その背を見ながら芽衣胡は、どうぞたっぷりと飲ませて来てくださいと祈るのだった。


「断りなさい」


 證が前を向いたまま囁く。その声が届くのは芽衣胡のみ。芽衣胡はその言葉が『酒が飲めないなら上手く断らないか』と叱られたように聞こえた。


 早くも失敗してしまったと芽衣胡の鼓動が早くなる。


「貴女の盃は下げておこう」


 證は芽衣胡の膳に手を伸ばすと素早く膳の奥にある白い器を持ち、自身の後ろに転がした。


 手前の器が盃ではなかったのだと分かった芽衣胡の息が一瞬止まる。


「その手前にあるのは大根のなますだ」


 驚いた芽衣胡は隣の男に顔を向けた。すると、ふっ、と笑われる。表情の見えない芽衣胡は嘲笑されたのだと思った。


 なますの入った器で酒を受けようとする嫁――馬鹿にされても仕方ない。

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