第72話

メイコと向かい合って座った円卓に手を付くと、メイコを失った喪失感に絶望のような気持ちが襲ってくる。


 呆然自失としたままの證の顔に、昇り始めた陽光が差す。


「――まー、おーい、證様ー、おーい」


 どれくらいそうしていたか。證の前で何かが動く気配に我に返った。


 目の前に榎木がいる。榎木が證の前で手を左右に振っていた。


「なんだ榎木か」

「失礼ですね。ずっとお呼びしていましたけど、反応しなかったから心配しましたよ」

「ああ」


 魂の抜けたような證は榎木の横を通り過ぎて離れを出る。


「證様、どこに?」

「部屋に」

「部屋って……」


 榎木は寝室の方に目をやってから、すぐに證の後ろを付いて歩いた。


 證は本邸自室の書斎に入ると、椅子に座り大きなため息を吐く。


「榎木」

「はい」

「メイコと言うらしい」

「は?」


 一体何の話しだと榎木は思う。


「メイコという女性を探したいのだが、探偵に依頼すればいいだろうか?」

「えっと、……待ってください。メイコさんとはどなたでしょう?」

「榎木で言う所の、私の初恋の君の名前だよ」

「は? それは華菜恋様では?」

「それは本物の華菜恋らしい」

「本物?」


 いや〜何の話しだ。我が主はとうとう頭がおかしくなってしまったのか――そう頭を抱える榎木は證に十分な説明を求めた。

 支離滅裂ではあったが、話しを整理することが出来た榎木は、なるほど、と頷く。


「それではしおらしくて可愛かった華菜恋様は、華菜恋様の偽物で、本来のお名前をメイコと言うと。そして何故か今更になってパーティーに本物の華菜恋様が現れたと。しかし可愛げのない本物の華菜恋様はその理由も言わなければ、メイコ様の所在も教えてくれないと、そう言う訳ですね?」

「可愛げがないとは言ってないが?」


 お茶目に笑って榎木は誤魔化す。

 

「探しましょうよ! こうなったら絶対に探しましょう!」

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