第5話


 万里小路華菜恋が松若に嫁したという報せを持って来たのは乳母の娘、伊津だった。


 今までのようにこっそりと家を抜け出せない華菜恋の代わりに伊津が光明寺をおとなう。


 客間に通された伊津の前には芽衣胡が座り、後から秋乃が茶を運んで来た。


 伊津の前に茶を出した秋乃は座りながら「そうですか」と言った。


「とうとう華菜恋さんもお嫁に」

「はい、三日前に祝言がありました」

「華菜恋は、その……、泣いてませんでしたか?」

「ええ。前日にひとしきり泣いておられましたが、万里小路の姫として威厳を持ったお顔をなされて嫁がれました。とてもご立派で大変美しゅうございました」

「ああ、そうですか。そうですか」


 華菜恋の幸せを願う芽衣胡の目から涙が落ちる。その姿を見れなかったことは悲しいが、きっと華菜恋は誰よりも美しかったことだろう。


「しかし旦那様のお顔が怖いと震えておいでです」

「『鬼のアカシ』?」


 芽衣胡は華菜恋の言葉を思い出す。


「本当に鬼のようでしたか?」

「ええ、それはもう。せいも高く、お顔を見上げれば冷たい瞳に睨み下ろされるので、生きた心地がしません。額に角でも隠しているのではとお嬢様もおっしゃっておりました」


 芽衣胡は『鬼』と聞いても己の中で想像出来ないでいた。絵巻物でも見ることが出来ていれば鬼の容姿も容易く想像出来ていただろう。

 しかし芽衣胡は伊津の顔も秋乃の顔も同じにしか見えない。ぼんやりとした肌色に黒い瞳と赤い唇が微かに見えるだけなのだ。あとはそれを声や匂いで判別しているに過ぎない。


 芽衣胡が想像出来る中で背の高いものと言ったら本堂の仏様くらいだ。


 鬼の目も見えなければ怖くないのに、と芽衣胡は思ったのだった。

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